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第18話 <失恋かよ>
あの騒動の後、中野たちはホテルに一時的に避難をし、
新しく部屋を契約して三人でそこに移ったらしい。
今の中野の部屋は近々引き払うとの事だった。
熊坂さんもこうなってしまったせいで
ときめき四国館を辞めることにしたようだ。
でも俺の言い放った一言のせいで、
中野の評判は落ちることはなかった。
きちんと記者会見をして説明をし、
世の中はむしろ応援ムードとなった。
その代わり俺は一躍時の人となった。
「かつてのヒーローはBLの主人公に!?」
「超えられなかった道ならぬ恋」
俺が発したコメントは、
様々なタイトルで週刊誌やスポーツ紙の見出しを飾ったが、
俺が芸能人ではなくすでに一般人だったため、
そこまでマスコミに追われる事はなかった。
ただ、どこからか情報は漏れるもので、
俺がトレイングリーンだった事は世間に広く知られる事となった。
店まで俺を見に来る客もいて、クスクスと笑われたり、
「ゲス緑」と言葉を吐かれたり、
なにやら熱い視線を送ってくる男どもも後を絶たなかった。
「佐伯くんのおかげで
店のホームページのコメント欄が荒れて大変だよ!」
サイトを管理している店長からは嫌味を言われた。
ネット上でも
「5年も人の幸せを阻害する卑劣な人間」
と誹謗中傷の言葉が散見され、
「でも今は二人の幸せを応援してるんだからもういいじゃないか!」
という擁護派との言い合いに発展していた。
「ほんと申し訳ない」
騒動の後、中野が俺の家に来て、深々と頭を下げた。
「気にすんな。
今だけでそのうちみんな飽きて見向きもしなくなるだろ」
俺は笑って言った。
「あいつと正式に籍を入れようと思う。 お前のおかげだ。
美咲も俺もお前に心底感謝してる。 ありがとう」
そう言って再び頭を下げた。
「やめてくれよ」
頭を下げられた所で、これってマジな失恋じゃねぇか。
なんか……思ったより胸がしくしくする。
でも……、
これで熊坂さんと拓海くんの笑顔は守れたんだよな?
「ほとぼりが冷めたらうちに来てくれよ。
拓海もお前に会いたがってる」
「あぁ、わかったよ」
中野は俺の部屋を後にし、俺も外の空気を吸いに外に出ると、
夜風がいつの間にか新緑の香りとともに心地よい季節に変わっていた。
失恋は切なかった。
けど……なんだろう?
今まで俺にまとわりついていたよどみが消えたと言うか……。
この風みたいに清々しい気持ちだった。
後日、また俺は実家に戻り、まおみにこの間の礼を言った。
「ありがとう、助かった」
「いや、中野さんとドライブできたし、漫画の読者も増えたし」
そう言ってまおみは笑った。
まおみはボーイズラブがテーマの漫画を描いていたが、
俺が中野に告白したニュースを受けて、
漫画の売り上げも上がっていた。
ふとまおみの机の上にあった漫画の原稿が目に入った。
当たり前だがあの頃よりぐっと画力が上がっている。
「上手くなったな」
そう言うと
「ものすごい数描いたもん」
と手のひらをこちらに見せた。
その指はペンだこで変形していた。
「お兄ちゃんは、俳優の道はもう完全に諦めたの?」
「今更だろ。 演技の仕方とか忘れた」
「ふーん、そうなんだ」
まおみはそう言って机に向かった。
まおみはずっと続けていたから今があるんだな。
中野もそうだ。
指が変形しても、声が枯れるまで同じセリフを練習しても、
やめなかったから今があるんだ。
「お前ら、すげぇよ」
俺は二人を心底リスペクトした。
騒動から一ヶ月くらい経った頃、
バックヤードで弁当を食べていたら、
店長が「佐伯くん! 電話だよ!」と、俺を呼んだ。
店で個人宛に電話なんて……不審に思いつつ
「お電話代わりました、佐伯です」と電話に出ると、
受話器の向こうの男が言った。
「毎朝テレビのプロデューサーの鮫洲と申します。
ドラマ出演の事でご相談があるのですが、
少しお時間いただけますでしょうか?」
「はい?」
飲み込みかけの米粒でむせそうになりながら、俺は返事をした。
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