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第1話 <かつてヒーローだった俺>
仕事を終え、ワンルームマンションの部屋に帰り、
テレビをつけると画面の中にまたあいつがいた。
俺は牛丼弁当の袋をテーブルに置き、テレビの画面を静かに見つめた。
中野智巳
ここ数年テレビで見ない日はないくらいの売れっ子俳優。
長い下積み時代を経て、5年ほど前に放送したドラマ
『深川町工場物語』で工場の社長を手助けする若手銀行マンの役が当たり、一躍スターダムにのし上がった。
特にイケメンという訳ではないが、
どんな役にも染まり見る人を引き込むカメレオン的な演技と、
気取らない誠実な人柄がウケてブレイクした俳優だ。
疎遠になってしまった同級生を探し出して今何をしているのか、
当時の思い出とともに紹介する『あの子を探して!』という番組。
「うわーー! あいつが出るの!?」
テレビの中のあいつは目を輝かせて笑った。
「俺には声がかからなかったな……」
思わずつぶやいたが、当然か。
あいつはその同級生のVTRを懐かしそうに目を細めて見ていた。
俺はテレビ越しにその顔を冷ややかな目で見つめていた。
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13年前。
「平和の戦士! トレインジャーーー!!」
いつものキメポーズのカットを撮り終えると、
「はーい、それじゃ休憩入りまーす!」
と声がかかった。
小さな子供を連れた母親が数人集まってきて、
子供達は「握手してください!」と手を差し出した。
高2の俺は戦隊モノのドラマに出演していた。
トレイングリーン。
レッドやブルーに比べると地味なキャラだったが、
俺の所にも握手しにくる子供はいた。
「グリーン! がんばってね!」
「はい! ありがとね!」
ニコッと笑って手を振ると、
子供達は目をきらきらさせて母親と共に帰っていった。
俺が芸能界入りしたきっかけは、
一年前、地元の駅で友達とつるんでいた時に
事務所の人にスカウトされてのこと。
「いけるって! お前なら!!」
友達の言葉に乗っかって、俺は芸能事務所に入った。
学生服の広告モデルや
自転車メーカーのイメージキャラクターなどの仕事をこなした後、
運良くトレインジャーのグリーン役を掴んだ。
事務所入りして一年でドラマ出演できるなんて
なかなかない事だと周りからは言われた。
「ヒロ! バイト先の友達がサイン欲しいって!」
「ヒロ! 一緒に写真撮って~!!」
学校でもみんなから注目され、あちこちから声がかかった。
「はいよ~!」
キメポーズでカメラにウィンクすると、
「ヒロが将来有名になったら絶対自慢する!!」とみんな喜んだ。
ファンレターやラブレターも沢山もらい、
学年で一番可愛い子と付き合った。
リア充。
それは俺の事だ。
ある日、昼休みに屋上でパンをかじっていると、
同じクラスの中野が声をかけてきた。
「佐伯、探したよ! ここにいたのか!」
俺はわりと目立つグループの連中とつるんでいる事が多かったので、
目立つタイプではない中野とはあまり接点がなかったが、
何か用だろうか?
「お前さ、芸能事務所入ってんだろ? どうやって入んの?」
「俺はスカウトされてだけど。 お前芸能界入りたいの?」
「うん、俳優になりたいって思っててさ」
照れたように中野は言った。
「まぁ、スカウトか、
あとはいろんな事務所でやってるオーディション受けるか……」
「そうなんだ……なるほどな」
「原宿とか渋谷とか行けば事務所のやつウヨウヨしてると思うよ」
愛想笑いをしてそうアドバイスすると
「わかったサンキュー!!」と、中野は笑顔で屋上を後にした。
あいつ、俳優になりたいのか……。
俳優になるにしちゃ地味だけどな。
まぁでも誰でもチャレンジする事には意義があるしな。
そう言ってパック牛乳を吸った。
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