第1話 <かつてヒーローだった俺>

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第1話 <かつてヒーローだった俺>

仕事を終え、ワンルームマンションの部屋に帰り、 テレビをつけると画面の中にまたあいつがいた。 俺は牛丼弁当の袋をテーブルに置き、テレビの画面を静かに見つめた。 中野智巳 ここ数年テレビで見ない日はないくらいの売れっ子俳優。 長い下積み時代を経て、5年ほど前に放送したドラマ 『深川町工場物語』で工場の社長を手助けする若手銀行マンの役が当たり、一躍スターダムにのし上がった。 特にイケメンという訳ではないが、 どんな役にも染まり見る人を引き込むカメレオン的な演技と、 気取らない誠実な人柄がウケてブレイクした俳優だ。 疎遠になってしまった同級生を探し出して今何をしているのか、 当時の思い出とともに紹介する『あの子を探して!』という番組。 「うわーー! あいつが出るの!?」 テレビの中のあいつは目を輝かせて笑った。 「俺には声がかからなかったな……」 思わずつぶやいたが、当然か。 あいつはその同級生のVTRを懐かしそうに目を細めて見ていた。 俺はテレビ越しにその顔を冷ややかな目で見つめていた。 ************************ ************************ ************************ 13年前。 「平和の戦士! トレインジャーーー!!」 いつものキメポーズのカットを撮り終えると、 「はーい、それじゃ休憩入りまーす!」 と声がかかった。 小さな子供を連れた母親が数人集まってきて、 子供達は「握手してください!」と手を差し出した。 高2の俺は戦隊モノのドラマに出演していた。 トレイングリーン。 レッドやブルーに比べると地味なキャラだったが、 俺の所にも握手しにくる子供はいた。 「グリーン! がんばってね!」 「はい! ありがとね!」 ニコッと笑って手を振ると、 子供達は目をきらきらさせて母親と共に帰っていった。 俺が芸能界入りしたきっかけは、 一年前、地元の駅で友達とつるんでいた時に 事務所の人にスカウトされてのこと。 「いけるって! お前なら!!」 友達の言葉に乗っかって、俺は芸能事務所に入った。 学生服の広告モデルや 自転車メーカーのイメージキャラクターなどの仕事をこなした後、 運良くトレインジャーのグリーン役を掴んだ。 事務所入りして一年でドラマ出演できるなんて なかなかない事だと周りからは言われた。 「ヒロ! バイト先の友達がサイン欲しいって!」 「ヒロ! 一緒に写真撮って~!!」 学校でもみんなから注目され、あちこちから声がかかった。 「はいよ~!」 キメポーズでカメラにウィンクすると、 「ヒロが将来有名になったら絶対自慢する!!」とみんな喜んだ。 ファンレターやラブレターも沢山もらい、 学年で一番可愛い子と付き合った。 リア充。 それは俺の事だ。 ある日、昼休みに屋上でパンをかじっていると、 同じクラスの中野が声をかけてきた。 「佐伯、探したよ! ここにいたのか!」 俺はわりと目立つグループの連中とつるんでいる事が多かったので、 目立つタイプではない中野とはあまり接点がなかったが、 何か用だろうか? cc91c296-71e3-405f-91cd-7cbf8dc6552a 「お前さ、芸能事務所入ってんだろ? どうやって入んの?」 「俺はスカウトされてだけど。 お前芸能界入りたいの?」 「うん、俳優になりたいって思っててさ」 照れたように中野は言った。 「まぁ、スカウトか、 あとはいろんな事務所でやってるオーディション受けるか……」 「そうなんだ……なるほどな」 「原宿とか渋谷とか行けば事務所のやつウヨウヨしてると思うよ」 愛想笑いをしてそうアドバイスすると 「わかったサンキュー!!」と、中野は笑顔で屋上を後にした。 あいつ、俳優になりたいのか……。 俳優になるにしちゃ地味だけどな。 まぁでも誰でもチャレンジする事には意義があるしな。 そう言ってパック牛乳を吸った。
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