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第20話 <周りの人間は自分を写す鏡>
数日後、久しぶりに島津から連絡があった。
「飲みに行こうぜ!」
俺たちはまた渋谷の居酒屋で飲んだ。
「前にここで会った女の子いただろ?
俺、あれから時々その子と会ったりしてたんだけどさ、
彼女既婚者で旦那にばれちゃったみたいで、
もう会えなくなっちゃったんだ」
「お前、それ訴えられなかったのか?」
「んーなんか旦那も浮気しててダブル不倫だったみたいで。
おあいこって事で大丈夫だった」
島津は悪びれた様子もなく言った。
「な、あっちのテーブルの子達良い感じじゃね?
ヒロ、また行ってきてくれよ」
なんか……。
これまで何とも思わなかった島津の言動が、
今日は受け付けなかった。
「ごめん、今日はやんね」
「えー! 何でだよ!!
お前、カッコつけやがって!!
もしかして本当にアッチ系なのか?」
くだらない……。
「悪い、いろいろ考えることあってさ。
今日は帰るわ!」
そう言って手を上げて店を出た。
店を出た後、スマホのアドレス帳から島津を消した。
家に戻り、テレビをつけると、
今度スタートする新ドラマの番宣が流れていた。
主演は中野。
あいつは努力してこの地位を築いたんだな。
対して俺は……不平不満ばっかり言って、
何の努力も痛みも感じないままここまで来てしまった。
30歳、まだ遅くないかな?
俺は鮫洲プロデューサーに電話をかけた。
『サラリーマンズラブ』の撮影は、
俺よりも若い役者たちが沢山出ていたけど、
俺はまっさらの新人のつもりで現場に挑んだ。
「中野智巳に愛を告白した佐伯博也が出演する」
とのことで、このドラマは世間で話題になっていた。
主人公と相手役の後輩社員の恋愛を、時に邪魔しながら、
時に切なくも支える俺の役は、視聴者に好評だった。
それは、演じているというより熊坂さんと中野を見守ってきた
俺そのものでいただけなのだが。
「感情を作るな」
その意味がここに来てやっとわかった気がした。
ドラマが好評だったことを受け、
その後も様々な役のオファーが舞い込み、
俺はその都度役になりきった。
ある時は主婦をたぶらかすヤサ男、ある時はスーパーの店長、
シングルファーザーなんて役もあった。
30年間生きてきて経験した思い、酸いも甘いも惜しみなく出した。
その役の生き様を自分というフィルターを通して表現する。
その役を生きる時、俺は俺であって俺でなくなるんだ。
そしてそれが見ている誰かの心に生きる。
これこそが役者という仕事の醍醐味だろう。
ただ、この人生の主役は俺自身だ。
ストーリーや演出はどんな風にでも描ける。
全部自分次第だ。
「佐伯さんお願いしまーす!」
「よしっ!」
腹の底にぐっと気合を込めて、俺は今日もカメラの前に挑み出た。
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