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第2話 <初めての挫折>
「ただいまー」
家に帰り、冷蔵庫の炭酸飲料を飲もうと台所に向かうと、
廊下で妹のまおみと鉢合わせした。
「チッ」
俺が舌打ちをすると、まおみはすごすごと
二階の自室に上がって行った。
仲間も多く、芸能活動なんかもしていた俺と違って、
妹は地味で引っ込み思案、
暗くてじめじめしていつも部屋で漫画を描いている。
あいつを見ているとイライラする。
将来は漫画家になりたいとか言っているらしいが、
妹が冴えないオタクの漫画家なんてカッコ悪いじゃないか。
それにたいして上手くもない絵で漫画家になれるとは思えない。
やがて俺は高3になり、
一年間放送されたトレインジャーが終了した頃、
進路について担任に呼び出された。
「お前、大学には行かないのか?」
俺は進学はせず俳優として上を目指す事に決めていた。
「はい、このまま芸能界でやっていこうと思っています」
「親御さんは? 何て言ってるんだ?」
「うちは無関心なんで。 好きにしろとしか言わないです」
「芸能界は大学に行きながらじゃだめなのか?
もし芸能界で上手くいかなかった時に
大学行っておいた方が有利な事もあるぞ」
「いや、俺、絶対メジャーになるんで!」
意気込んで担任に言った。
戦隊ものといえば、俳優の登竜門。
まぁ、グリーンって言うのが少し難ではあるが、
全国的に顔も知れてるし、どこかしらからオファーはあるだろう。
だがその目論見は見事に打ち砕かれた。
その後出演のオファーはどこからもなかった。
事務所のマネージャーからは
「オーディション受けてみなさい」と言われて
片っ端から受けたけど、箸にも棒にも引っかからなかった。
言われる言葉は皆同じ。
「なんか芝居がかってるんだよ。 戦隊出身の悪い癖だ」
「感情を作るな」
そう言われても、
演技なんて感情を込めたり作ったりするものじゃないのか!?
一番こたえた言葉は
「君は本気で人を好きになったり、
大事に思ったりした事があるかい?」
だった。
本気で人を好きになった感覚がわからない俺には、
感情を作らずに恋愛ドラマ、いや、それだけじゃなく、
人の心の機微を表現するという一番大切な部分がわからなかった。
俺はすっかり壁にぶち当たっていた。
「ヒロ! 次のドラマとか決まってないの?」
クラスメイトから聞かれるたびに
「今、出る作品選んでる所なんだ!」
と嘘をついた。
焦っていた。
なんで!? どこからも声がかからない!?
マネージャーからは芝居のワークショップに行くように言われ、
通うことにした。
「滑舌がだめ! 何言ってるかわからない!」
「動きがあざとい! 自然体で!」
「気持ちを作ってちゃだめだ! その人物になるんだ!!」
ダメ出し項目がありすぎて、
何から手をつけていいかわからなくなった。
とりあえずひとつひとつ練習したり研究して、
ワークショップに挑んでも、何一つ状況は変わることはなかった。
そしていつしかワークショップには足が向かなくなった。
「俺、やっぱり大学受けます」
担任にそう告げ、俺は手近な大学を受けた。
結局俺は芸能界に進むことは諦め、無難な道を行くことに決めた。
卒業が近くなった頃、教室でぼんやり窓の外を見ていたら、
また中野が話しかけてきた。
「佐伯、事務所辞めたのか?」
「あぁ、やっぱり大学行こうと思って」
「そうか、一緒に上目指そうって思ってたのに……」
「そう言えば俳優になるって話、あれからどうなった?」
「うん、やっとオーディション受かってさ!
大手じゃないけど、一応俳優として
迎え入れてくれた事務所があったよ!」
「へぇ~そっか」
芸能事務所に入るのは、
まぁ人にもよるけど入れないことはないだろう。
ただ、このオーラも何もない中野に
はたして俳優としての需要があるのだろうか。
「大変だと思うけど頑張れよ!!」
俺は笑顔で手を差し出した。
「あぁ! ありがとう!!」
中野は満面の笑みで俺の手を握った。
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