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夏の終わりに
「あー電車久しぶりだなぁ。あの日以来か。吉次も車で待っててくれりゃあ良いのに」
俺は電車の窓に後頭部を付けて、上を向く。電車の揺れが直に伝わって声が震える。
「あかりが帰っていいよーって言ったの。だって電車乗りたかったんだもん」
あかりは今にも体を乗り出しそうなほど、電車の窓に頭を擦り付けながら外を眺める。あかりもまた電車の揺れで声が震えている。
「あん時、爆睡してたからな」
俺はあの日を思い出し、鼻で笑う。
「ねえ。お父さん。海歩こうよー。最近歩いてないから」
「まーた汚すと吉次に怒られるぞ」
「今度は外で洗ってから入るもーん」
あの日と同じように駅から海へと歩いて行く。道はもう迷わない。
あかりはサンダルを脱いで砂浜を走る。砂浜に足を取られて相変わらずよろよろしている。
照り返す熱い日差しも穏やかになり、それでも足に触れる砂はまだ温かい。
「あかりー」
俺はあかりの脱ぎ捨てたサンダルを拾い上げながら、あかりを呼ぶ。
「なあにー」
あかりは立ち止まって俺に返事をする。
風で髪の毛が顔を隠して、あかりは何度も手で髪を後ろに流す。足に触れる砂が気持ち良さそうで、あかりは足を砂浜に滑り込ませている。
「……お父さんなー」
俺はすぐに言葉を続けずにあかりを見ながら歩く。足先にまとわりつく砂もそのままに、あかりを見つめる。
「……もうあかりのお父さんでいるのやめる」
「……えっ」
あかりの顔は一気に不安そうに曇り、顔を覆う髪の毛もそのままに肩の力が抜けていく。
あかりは口を開けたまま俺の言葉を自分の中で消化している様で、眉を下げ下唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔をしている。
俺は俯くあかりの前に辿り着いて、腰を落とし膝を砂につける。
あかりの足は砂に埋もれたままで、あかりの足の隣にサンダルを置く。
あかりの手はスカートをぎゅっと握りしめていて、俺はきつく握られたあかりの手を取り、あかりの顔を見上げた。
「……あかり。結婚しよう」
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