9話

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9話

最期の日。 処方された薬が利いたのか、カーラは静かに深く眠っていた。 医者が匙を投げたカーラの病室は既に人払いされており、婦長と彼女ふたりきりだ。 婦長はカーラとの約束を守る気だ。 ベッドで昏睡するカーラは白皙の面立ちのまま、なめらかな肌には皺一筋も見当たらない。 ふと囀りに導かれて窓の外を見れば、愛くるしい駒鳥が青空を横切っていく。 雛の巣立ちだ。 婦長は足音を忍ばせてベッドに歩み寄り、カーラの長い髪をやさしく梳る。 カーラが目を開けたのは奇跡だった。 「おはようございます、カーラさん」 「…………」 「聞こえますか。あの子が巣立ちましたよ」 白く濁った眼を囀りの方へ向け、顔に降り注ぐ木漏れ日に安らぐ。 「……あなたは……」 婦長はカーラの髪をかきあげ、無防備にさらした耳元に自分の名前を告げる。 「……しらない……」 「カーラさんのお友達ですよ」 最後まで様は付けない。 「真っ暗……今は朝?昼?はやくご飯作らないと、あの人が帰って来る。手紙のこと相談しなきゃ……今度大きな戦争するから私も来なさいって、国の偉い人に命令されちゃった。喧嘩、苦手なんだけどなあ。呪いなんてかけるのもとくのもめんどくさい……」 朦朧と口走り、時系列が錯綜する追憶に沈むカーラの前髪をかきあげる。 「私たちがおばあちゃんになる頃には戦争なんてとっくに終わってますよ」 「だといいなあ」 「約束します」 「……」 呼吸がどんどん間遠で緩慢になり、長い睫毛が縁取る瞼が儚くたれていく。 それきりカーラは動かなかった。 婦長は約束通り、大魔女カーラ・ウィンストンの最期を看取った。 「……おやすみなさい」 友の永眠を見届け腰を浮かしかけた時、カーラの枕元の本が偶然目にとまる。 戦争中の体験を思い出すからと、ずっと避けてきた本を手に取ってみたのはいかなる心の働きか。 今は亡きカーラの軌跡を知ろうとして。 あるいは友の大往生に立ち会って、過去は過去として綴じ直す心の整理が付いたのか。
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