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プロローグ
グアダラハラの城下のその酒場は二階が宿屋になっていて、女給を連れ込むこともできる。つまりはどこの町にもあるありふれた荒くれ者のたまり場であった。
ホセ=ファベーロはグアダラハラを訪れるたびにそこに泊まる。なじみの女がいて、金が続く限り逗留するのが常であった。金がなくなれば戦争に行く。ホセのような拳銃使いにとっては、金に困ることのない時代であった。騎馬で平原をかけまわり、すれ違いざまの一撃でつぎつぎと敵を倒していくのは気分のいい仕事だった。
ホセは自分の銃の腕に絶対の自信を持っていた。戦争で大けがをしたこともないし、こんな酒場で決闘になったときも負けたことがなかった。
ホセは人生を楽しんでいた。だが、異世界からきた勇者たちが、悪魔どもを華々しい勢いで蹴散らし、ゲートのむこうに追い返してしまった。噂では魔界のヘカタイオス王の城をおとす勢いだという。ゲートのこちら側にいる悪魔も魔物も、やがては狩りつくされてしまうだろう。
平和になってしまうのだろうか。完全に戦さがなくなることはなくても、傭兵稼業しか知らない男が、羽振り良くやっていける時代はもう終わるのかもしれなかった。
「迷惑な話だな」
ホセは昼間から酒を飲みながら、そうつぶやく。
「何が?」と尋ねるのはなじみの女、カマラ。もう若くもないが、いいケツをしているのだ。
「勇者さ」
「そんなこと言うとばちがあたるわよ」
「そうなのか?」
「みんな、神様の使いみたいに言ってるわ。魔界の王様を倒した後も、ずっとこっちにいて欲しいものだって」
「くだらねえ」
「だから、そういうこと言っちゃダメだって」
「俺と勇者と、どっちが強いかな」
「どうしようもないね、この酔っぱらいは」
手酌で酒をグラスに注ぐ。一息で飲み干す。さして酔ってはいない。もっと強い酒がほしい。
もっと強い刺激。
「ね、二階、上がろうか」
「どうした、急に」
「なんか、面倒ごとの気配」
「ああ? 」
カマラの視線の先には、牡牛のようなガタイのハーフオークの男がいた。今店に入ってきたところのようだった。
「水、くれ。金、持ってる」
バーテンは露骨に顔をしかめる。
「出てってくれないか。他のお客さんが嫌がるんだ」
「金、ちゃんとある」
「オークが持ってた金なんていらねえよ、臭いし汚いし。だいたい、ここは酒場なんだ。なんだ、水って。飼葉桶のとなりに水桶があるから、そこで馬と一緒に飲んでろよ」
ホセはオークにはそれがお似合いだとも、バーテンの言いぐさがひどいとも思わなかった。そんなことはどうでも良かった。ただ、面白いことが起こりそうだと思っていた。
「起きろ、ブルーノ!」
バーテンが用心棒の名を呼ぶ。隅のテーブルで居眠りをしていた男が、不機嫌そうに顔を上げる。
「なんだか臭えなと思ったんだ」
そう言いながら立ち上がり、銃を抜く。
ハーフオークの男は、何の反応も見せない。ボタンのような感情の読めない瞳で、用心棒を見ているだけだ。
肝が据わっているのか。白痴なのか。
「ね、行こうってば」とカマラ。
「待てよ、面白いことが起こるぜ」
そのときホセが見ていたのは、ハーフオークでもブルーノでもなかった。店のスイングドアの向こうに現れた、銀髪のハーフエルフの女だった。
レティシア曹長。堅物だがめっぽう強いと噂の、正規軍特殊作戦部隊の女だった。
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