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〝マキさん〟こと篠宮牧から電話が来たのは、予定していた待ち合わせの三十分ほど前であった。
ユージ・カリヴァンはちょっとしたため息と緊張とともに、マキからの着信表示を眺めていた。日本に住んでいる生物学上の母親とは、ユージが五歳の時に彼女が家から逃げ出して以降、二十歳の時に一度再会し、その後三年間は必要最低限の連絡のみを行なってきた。
もう少しコミュニケーションを取ろうと思えば取れるのだが、ユージはいまだにこのおろおろとした母親との距離感をうまくつかめずにいる。マキの自己表現は、いつもユージの感情とずれがある。歩み寄ってもこちらが疲弊するばかりだった。ならば、生きていることだけを確認できる頻度の連絡にとどめた方が、お互いに楽だろうとユージは思っていた。
誕生日に『おめでとう』を言うだけ。
年始に『あけましておめでとう』を送るだけ。
その程度だ。
拒否したところで、数分後にはもう一度電話が来るのだろうな──ユージは通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『ゆ、ユージ、おか……マキです。元気してる?』
「うん。そっちは?」
『元気。ええと。最近はね、夏も蒸し暑いけどなんとかね、そっちはジメジメしてないのかな』
「そうだね。要件をどうぞ」
『あ、そうね。そうだった。話があるんだけど、いま大丈夫?』
「あんまり長引かなきゃ大丈夫だよ。三十分後に人と会う予定だけど、そんなに時間かかる要件じゃないだろ?」
『え、誰と会うの?』
「マキさん、要件を」
『あ、うん。あのね。報告があって』
「うん。だから何?」
ユージはいらいらと貧乏揺すりをした。我慢だ、我慢。
『一応。大したことじゃないんだけどね。知っておいて欲しいってくらいの話。昨日無事に入籍しました』
「ああ。……え?」
ユージの貧乏揺すりが止まった。
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