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俺の師匠、古今庵雷門は人を驚かせることが好きだ。
それは落語家の習性なのか、それとも師匠の性格によるものなのか。俺は両方だと睨んでいる。
これは、うちの師匠の師匠ーーーつまり、俺から見れば大師匠ーーーの家へ挨拶に向かう時の会話である。
「うちの師匠の家には、桃ちゃんがいたんだ」
大師匠は70代。結婚はもちろんしていて、子どもがいたとしても、もう成人しているだろうし、お孫さんがいてもおかしくない。桃ちゃん、と呼んでいるから、お孫さんだろう。
でも、『桃ちゃんがいた』って、過去形?
ここで、師匠は悲しげな顔をして、
「……でも、数年前亡くなったんだ」
「……そうなんですか……なぜですか?」
そう尋ねた後で、俺はプライバシーに踏み入りすぎたかな、と思った。
でも、師匠は話してくれた。
そもそも、師匠のほうからこの話題を出してきたわけで、何を聞いても差し支えはないのだろう。
「……病気になったんだ。それは仕方ないよな。誰がなるのか分からねえし。
……桃は亡くなった時、14歳だった。
俺は桃が小さい頃からずっと遊んでたんだ。前座の頃、俺は師匠の家に通っていたけど、毎日、桃と仲良くしていたよ。おもちゃで遊んだりしてね。俺、他の兄弟子よりも桃に懐かれていたんだ。
師匠に頼まれて、桃と公園へ行ったよ。楽しかったなあ。
……でも、時間が経つにつれて、そういうこともなくなった。俺が二つ目になって、師匠の家にあまり行かなくなったから。
……こういうことになるなら、もっと桃と会っとけば良かったなあ……」
「師匠……」
いつにもなく、師匠が感傷的なことを言うので、俺は何だかジーンとしたのだった。
14歳ということは、まだ中学生。そんなに早く病気で亡くなってしまうなんて。大師匠や桃ちゃんの両親(どちらかは大師匠の子どもだ)はさそがし悲嘆にくれただろう。
「……どんな子だったんですか?」
「顔は、目がくっきりしてて、鼻はぷにゃってしていたよ」
顔を褒めるのに、鼻はぷにゃっていうのはよく分からない。まあ、うちの師匠のセンスはズレていることがあるので気にしなかった。
「……私も会ってみたかったですね」
俺がそう言うと、師匠は鼻の下をこすり、
「後で写真を見せるよ」
大師匠の家に着き、俺達は挨拶をした。堅苦しい挨拶が終わった後は、大師匠のおかみさんがお茶を入れてくれて、他愛のない話をした。ふと、うちの師匠が大師匠に、
「師匠、俺の弟子が桃を見たいらしいです。アルバムの写真を見せてください」
「へえ。お前さんも好きなのかい」
大師匠の質問に、俺は首を捻る。
好きって、桃ちゃんを?師匠から話を聞いただけで、会ったこともないのに好きとは言えないだろう。
おかみさんが、アルバムを持ってきてくれた。手際良く、大師匠がページをめくる。と、あるページで大師匠の手が止まった。
ある写真を指差す。
「これが桃だ。まだ小さい時だよ」
「あっ」
俺は思わず、声を上げてしまった。
うちの師匠は、してやったり、の顔。
その写真に写っていたのは……
トイプードルだった。
「……師匠!嘘ついてたんですか!?」
俺は叫んだ。
事情を知らない大師匠は首を傾げている。
師匠・雷門はクスクスと笑い、
「嘘はついてねえよ。お前が勝手に勘違いしただけだろ」
今までの会話を思い出してみる。確かに師匠は、桃ちゃんがお孫さんであるとは一言も言っていない。
ううむ、やられた。
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