ようこそボロアパート

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ようこそボロアパート

 じーわ、じーわ……。  みぃん……、みぃん……。  死にかけのようなセミの声が聞こえる。  最後の力を振り絞っているような、弱々しい鳴き声。  実際、そうなのだろう。  夏ももう終わり。セミの命は尽きる直前。  力など残っていないだろうし、しかしそれでもなんとか想いを遂げたいと鳴くのだ。それはいっそ痛々しいともいえるほどの音であった。  まるで私みたい。  大きめのボストンバッグを肩にかけた奈々は、そのセミのとまっているだろう大きな樹のそばまできて、はぁっとため息をついた。  ボストンバッグには荷物がたっぷり入っているけれど、逆に言えば、これしかないのだ。  大人の女性の。  引っ越しだというのに。  これだけ。  肩からの重みにまた悲しくなってしまう。  自分もこの樹で鳴いているセミと同じく、死にかけなのである。  なにがどうしてこの、まだ花も散り終えていない二十代……まぁあと二年で三十代なのであるが……とにかくまだ若い部類の女子が死にかけているのだろうか。  おまけにこのアラサー女性・奈々のたどり着いた建物。  随分、年季が入っている。  といえば聞こえはいいが、要するにボロい。  年季が入っているどころではない。  これ、本当に大丈夫なの。消防法とか、そういうやつ。  奈々は内見のときからだいぶ引いてしまったほどに、心配になる外見である。  だが、この家がこれから奈々の住む場所なのであった。
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