奇妙なベビーシッター

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 私は自分の耳を疑った。それっていわゆる、引きこもり、ですよね。あの高杉くんが今では引きこもり、信じがたい事実にショックを隠せなかった。 「そうなんですか」  一応相槌を打ってみたものの、それ以外の言葉が見つからなかった。 「あの子、前は社交的だったのよ。友人もたくさんいたと思う。でも、私がルナさんを思い出したのは、あなたが真一の初恋の子だからよ」  最後の一言に思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。 「は、初恋ですか。そんなわけないですよ。たかす、いや、真一くんとは話したことも関わったこともありません。何かの勘違いじゃないですか」  言葉が一気に溢れた。これはきっと何かの間違いだ。 「アルバムをよく調べてみたけど、柳ルナさんは他にいませんよ。間違いないわ。真一が昔、そう言ってたから」 「昔っていつですか、何を言ったんですか」  私は軽くパニックに陥っていた。私が彼の初恋の相手であるはずがない。やはりお母さんが何かの勘違いをしているに違いない。 「高二の時かしら、ホワイトデーのお返しのチョコを代わりに用意してあげたことがあって、そのお礼として、好きな子の名前を教えてもらったのよ」  お母さんは昔を懐かしむように、微笑みながら言った。  なんというちゃっかりしたお母さんだ。ホワイトデーを手伝う代わりに思春期の息子の個人情報をしっかりと引き出す。これが大人が良く用いる手腕、ギブ&テイクか。 「真一が言うにはね、いいなと思う子が一人だけいて、その子は放課後、学校近くのカフェによくいるらしくて、ランニングの時によく見かけたんですって」  は、恥ずかしい。カフェでドーナッツに食いついているところを見られていたのか。カフェで一度だけ教頭先生に会ったことはあるけれど、同級生に遠くから観察されていたとは夢にも思わなかった。   カフェにいた自分を一生懸命思い出そうとしていると、お母さんはさらに話を続けた。 「その子、いつも窓際の席にいて、外をよく眺めてた。でも何かを見ている感じでもなく、ただ遠くを見つめているだけだった。自分の高校の部活が近くをランニングしているのに全く気づかない、って真一が言ってたのよ」
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