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とりあえずソファに座り、一息ついてから室内をじっくりと観察した。高杉家のリビングはキッチンとつながっていて、開放感のあるオープンキッチンになっていた。キッチン近くにはダイニングテーブルがあり、ソファの前には楕円形のローテーブルが置かれていた。縁側につながる窓からは柔らかい光が差し込み、室内は自然の光で満たされていた。リビングの壁にはひまわりの油絵が飾られており、窓際には大きな観葉植物が立っていた。ソファの向かい側の壁にはアップライトピアノがあり、その上には楽譜が数冊置かれていた。ここではすべての物にそれぞれの居場所がある。そう感じさせてしまうほど、リビングは綺麗に片付いていた。
壁の油絵を描いたのは誰だろうか。サインをチェックしようと絵をしばらく凝視したが、読み取れるほど綺麗に書かれたものではなかった。この家でピアノを弾くのは誰だろうか。楽譜をめくると、意外とシンプルな曲が載っていた。高杉家は意外と芸術一家なのか。放置されたことをいいことに、私はリビングで自由に動き回り、気になったものをじろじろと観察した。
そして待つこと十五分、玄関のドアが開く音がして、私はソファから立ち上がった。
「こんにちは。お邪魔してます」
「あらま、ルナさん。あの子、お茶も出さないで。遠慮せずに座って」
お母さんは買い物袋を床に置くと、慌ててキッチンでお茶を淹れ始めた。私はソファに座っておとなしく待つことにした。
「ごめんね。真一、失礼じゃなかったかしら」
「いいえ、中に入れてくれましたので」
数分間の戦いの結果として。そして、その後は見事に放置されました。
「わたし、あとで出かける用事があるの、真一のこと、頼んだわね」
お母さんはお茶をローテーブルに置くと、慣れた手つきで買い物袋から食品を冷蔵庫にしまい始めた。冷蔵庫の中がちらっと見えたが、これがまた綺麗に整理されている。
「あの、気をつけた方がいいこととか、ありますか」
出されたお茶を飲み干すと、私はおそろおそろ聞いてみた。ベビーシッターの相手の情報を少しでも手に入れておきたかった。
「そうね、真一は胃が弱いから、お茶はデカフェインのものでないといけないけど、あとは特にないわ。あ、真一の部屋は二階のつきあたりにあるから。ごめんね急いでて。遠慮せずに家の中では自由にしてて」
お母さんはにっこりとそう言い残すと、カバンを持って再び出かけていった。時計の針は、午後二時半を指していた。
そして私は再びリビングで一人になった。シーンとした室内の空気が重い。今から一時間半、ここで過ごせねばならないのか。時よ、早く流れてくれ。ため息をついても仕方がないことはわかっていた。とりあえず、高杉くんに会わないことには何も始まらない。
そう思いながら私は二階に上がった。階段のところで、かすかに音楽が聞こえる気がした。つきあたりにある部屋からチェロの音が流れてくる。これは、バッハだろうか。規則正しく刻まれた音が絶えずに流れてくる。このバロックな感じはバッハを思わせる。
部屋に近づくにつれ音は大きくなった。深呼吸をしてから扉をノックしたが、返事がない。再び深呼吸をしてからノックを数回繰り返したが、やはり返事がない。玄関前でもこんなやりとりがあったことを思い出し、思わず大きなため息をついた。信じられない、人としてどうにかしてる。ため息が怒りとなり、私は思いっきりドアノブをひねり、勢いよく扉を開けて中に入った。
「高杉くん、返事くらいしてくれてもいいと思うけど」
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