坂の上の白い家

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 もう爆発寸前。家に入るのに忍耐と我慢を重ね、さらに部屋に入るのも苦労をする。どれだけ拒否されているのだ。声の大きさがチェロの音量を上回ったせいか、高杉くんは驚いた様子で椅子から飛びあがった。丸い鉄縁眼鏡が微妙に鼻からずれていた。この気まずい空気の中、美しいバッハのチェロは流れ続けた。 「ごめん、気づかなかった」  眼鏡をかけ直しながら、彼は落ち着かない様子でそう言い訳した。私はただ黙って彼を見ていた。すると、彼はさらに言い訳を重ねた。 「でも、君、母さんに用事があるじゃないのか」  はあ?何を言っているのだ。言い訳がましいにもほどがある。怒りを抑えきれず再び爆発しそうになったが、私の顔がわからない可能性もあると気がついた。 「私が誰か、わかる?」  私は試すように彼に聞いた。 「母さんの友達じゃないのか」  彼は話す時に目を合わせようとしない。私はそれがとても気になった。話す時は目を合わせるのが礼儀だ。女性と話す時に目をそらすなんて、フランスではありえないことだ。 「もう記憶にないかもしれないけど、私はあなたの高校の同級生で、柳ルナ。あなたのお母さんに頼まれて、あなたをベビーシッ、あなたに会いに来たの」  私は一歩前に出て、無理やり彼と目を合わせてこう言った。  海外留学の利点その一、度胸がつく。  彼はとても驚いた様子で、口を開けたまま後ずさり、椅子に座り込んだ。 「お母さんに聞いてないの?私が今日ここに来ることを」  その驚いた顔を見ながら、まさかと思いそう聞いた。 「聞いてない」  彼はうつむいたままで、こちらを見ようともしない。あのお母さん、本人の許可なしに私に来させたのか。やっと現状を理解できた。 「これから毎週の月金、二時から四時までいるから」 「え?」  うつむいていた高杉くんがぱっと顔を上げた。 「二時間、あなたの話相手をすることになってるの、よろしく」 「はあ?聞いてない。必要ないから帰ってくれ」  高杉くんは慌てた。 「そういうわけにはいかない。せっかく来たのに追い出すわけ?それより、私のこと、覚えてる?」    海外留学の利点その二、恥がなくなる。 「柳さんでしょ、覚えてるよ。顔がちょっと違うけど」  顔が違う。男性諸君、覚えていてくれ。これは女性に対して決して使うべきでない表現のひとつだ。高校生の時に比べると確かに少し顔がふっくらしているが、顔が違うと言われると傷つく。化粧をもっとしっかりしてくればよかったかなと思わず反省モードに入ってしまい、ショックのあまりしばらく黙り込んでしまった。  それはさておき、覚えてくれているのなら話は早い。 「とりあえず、一緒にマカロン食べない?焼いてきたから」  私は持ってきたマカロンの箱を目の前でゆらゆらと揺らした。未知の野獣を餌付けする感覚とは、きっとこんな感じだろう。 「はあ」  思いっきりため息をつかれた。マジで失礼なやつだ、と思っていると、彼はバッハの音量を下げながらこう言った。 「ちょっと待ってて、お茶を持ってくる」
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