奇妙なベビーシッター

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 近所の神社に行くと、紫陽花が可憐に咲いていた。ここに来るとなぜかいつも心が穏やかになる。日本を出る前に、この神社で両親の健康を願った。私には兄弟がおらず、親せきも疎遠だったため、いざ遠く離れるとなると、両親のことが急に心配になった。二年間、二人とも病気することなく健康的に過ごしてこれたから、お礼をしておかなくてはと思い、真っ先にこの神社にやってきた。鳥居の前で一礼をして中へ入ると、そこは神様の領域となる。漫画やアニメの中なら、結界が張られている場所だ。ひっそりと静まり返った境内では参拝者は一人もおらず、雨が傘に当たる音だけがリズミカルに響いた。肉眼には見えないだけで、神様は確かにすぐそこにいる。そう思わせてしまうような、清らかで厳かな空気が流れていた。   地元の神様に挨拶をすませると、私は家に戻ってマカロンを焼いた。マカロン、聞くだけでよだれが出てしまいそうな可愛らしい名前。フランス語では「マキャホン」と発音する。パリの老舗で宝石のように綺麗に並べられた色鮮やかなマカロンを初めて目にした時、もったいなくて食べるのをためらった。マカロンは、私がどうしても本場フランスで習いたかったお菓子のひとつだった。  実家のオーブンが古いせいか、思ったような仕上がりにはならなかった。うん、きっとオーブンが古いせいだ。それでも、焼き上がりをオーブンから取り出した時、甘い香ばしい香りが部屋中に広がった。人が焼き立ての香りに癒しを感じるのは、糖分を求める脳がそう命令しているからに違いない。 「マカロン焼いたから食べてみる?」  私は両親に力作を勧めてみた。  思えば、これが初めて両親に食べさせる手作りのマカロン。 「なにそれ、どらやきか」  ソファにもたれながらテレビを見ていた父が、ギャグかと思うような発言をした。  なるほど、どらやき、ですか。発想が斬新すぎて、逆に感心してしまう。 「フランスの焼き菓子。向こうでは伝統的なお菓子だよ」   ギャグで返してやっても良かったけど、プロとしてのプライドがそれを許さず、私は一応、真面目に説明をした。 「美味しいわねこれ。さくさくで中は濃厚」  母はいつの間にかお茶の用意をすませ、チョコレートのマカロンを口に入れていた。 「せっかくだから、ご近所さんにもおすそ分けして来ようかしらね」  そう言うと、彼女はマカロンをいくつか包んで出て行った。この行動力、誰に似たんだか。
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