奇妙なベビーシッター

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 その電話がかかってきたのは、珍しく晴れた日曜の朝だった。部屋の窓を開けると、雨上がりの匂いがふわっと入ってきた。柔らかな太陽の光を浴びながら、私は深く深呼吸をした。帰国してからだいぶ経つが、職は見つからず、時差ぼけもなおらず、私は相変わらず家でぐうたらしていた。 「もしもし、高杉と申します。柳ルナさんのお宅でしょうか。わたくし、ルナさんと同じ高校だった高杉真一の母です」  電話を取ると、青天の霹靂、なんと同じ高校の元同級生のお母さんからのものだった。  高杉真一、通っていた高校にそんな名前の人は確かにいたが、話したことはないに等しかった。 「はい、そうです。私がルナです。ご無沙汰しております」  とっさに口からこぼれ出た言葉に自分が一番驚いた。ご無沙汰も何も、高杉くんのお母さんとは面識がない、はず。 「あ、ルナさん、ごめなさいね急に。びっくりしたでしょ。あなたが実家に戻ってきたと聞いて電話したの。もしよかったら、今度一緒にお茶しませんか。いろいろとお話したいことがあって」  おっしゃる通り、確かにびっくりしました。なんとか詐欺ではないかと一瞬、疑ってしまった。でもまあ、お金を要求する感じではなさそうだし、一緒にお茶をするくらいなら別にいいか。今の私には時間がたっぷりすぎるほどある。 「いえいえ、私で良かったら是非お話を聞かせてください。楽しみにしています」  心にもないことをよくすらすらと言えるものだ、と自分に突っ込みを入れながら、私は高杉くんのお母さんと会う約束をした。  海外生活はサプライズが多く、これといった理由がなくても人を警戒するようになる。これはやはり何かの新種の詐欺なのか。本人だったらいいのだが、別人である可能性も無きにしも非ず。電話を切った後もしばらく考え込んでしまったが、昼間に人の多い所で会うなら、必要以上に恐れることもない。  こうして、私は全く会ったことのない人とお茶をすることになったのである。
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