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奇妙なベビーシッター
そうそう、このじめじめした、顔をなめるようなぬるい風、私は嫌いだった。パリなら、六月の今が一番天気がよくて毎日がバーベキュー日和だというのに、この国はなぜこうも気候が真逆なのだろうか。
ため息をつきながら飛行機を降りると、私はさっそくホームシックになっていた。気候が逆なのは、地球の裏だから、ということにでもしておくか。ホームといえば、どっちがホームだろうか。パリか、それとも東京か。そんなことは今さらどうでもいい。二年間のフランス留学を終えて、私はこのじめじめした国に戻ってきたのだ。
パリではフランス料理とスイーツ作りを学んだ。あの白い皿にちょこっとだけ食べ物が盛られているフランス料理がなんとなくお洒落に見えて、それを料理しているシェフたちの洗練した動きになんとなく惹かれて、あのころっとした可愛らしいマカロンを自分の手で作れるようになりたくて、二十七歳の誕生日を迎えた春、私はフランス留学を決心したのだった。
大きなスーツケースふたつを押しながら電車に乗ると、懐かしい日本の日常風景がそこにはあった。乗客の半数が携帯をいじり、残りの半数はうたた寝をしていた。治安のいい国でしか見られない貴重な光景だ。パリのメトロではみんな起きている。でないとスリに目を付けられるからだ。パリ生活にまだ慣れていなかった頃、私は身をもってそれを学んだ。乗客の邪魔にならないよう、スーツケースふたつを抑えながら端っこに立っていると、自然と窓の外の風景に目が行く。線路沿いの建物との距離が近い。オフィスの中で会議する人々、歩道を歩くスーツ姿のサラリーマン、漢字で書かれた大きな看板広告、日常のひとコマがひとつずつ通り過ぎていく。ありふれた日常風景を眺めているだけなのに、なぜかとても感傷的になってしまう。パリは今、何時だろうか。ここと同じように、パリジェンヌたちもいつもと変わらない日常を送っているに違いない。私がそこにいてもいなくても、何も変わらないのだから。だけど、二年間のパリ生活は、間違いなく私の人生に大いなる影響を与えたのだ。
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