第1話

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第1話

「ただいまー」と一際大きな声を出したいところをぐっと堪える。 こんな広い場所で1人で叫んでいては怪しいものだ。 代わりに日本の空気を味わう気持ちで大きく息を吸う。 ワーキングホリデービザを利用してカナダで過ごし、一年ぶりとなる日本に着いたのはつい先ほどのこと。 大きなスーツケースをゴロゴロと引きずり到着ロビーを出たが、調べていたバスの時刻まではまだ時間がある。 無事に着いたことを家族に連絡しておこう、そう思って携帯の電源を入れると同時にタイミングよく着信が鳴った。 【横山 圭司】と表示された名前を見て瞬時に気持ちが舞い上がる。 1コール内で飛びつくように出て、大きく喜んだ感情に気付かれてもいけない。 わざと3コールほど放置して、よしっ、いざ。 で、『もひっ…もしもし』 気合いを入れた割に第一声で蹴つまずいてしまい、何とも締まらない。 ガヤガヤと人の往来もざわめきも多い空港で、周りの誰かに聞かれているわけではないのに恥ずかしさに目が泳いだ。 けれど電話の相手は気にした様子もなく、 『はは、咲凪(さな)の声だ。今、どこにいる?迎えにきた』 迎えに来たとは…んん? 『…どこに?』 だって、電話の相手はここからは2時間以上かかる所に住んでいるはずで…。 そもそも到着時刻以前に今日帰国することすら教えた覚えもないのだけれど。 お母さんから伝わったのかなー。 『空港だね。どの辺りにいる?』 『…あ。…へ?どの辺りって……』 色々とハテナを浮かべながら、訊かれたことに答えるべく目印になりそうなものを探す。 『近くに6番出口って見える…』 『分かった、6番な。そこに行くからうろうろするなよ?咲凪はすぐ迷子になるから』 方向音痴の自覚は一応あるので、言われたことはあながち間違いではない。 ただ子ども扱いされたように感じてつい反抗したくなる。 『い、いつの話をしてるのかしら?』 ちょっと高飛車な口調で気取ってみせたけど、『1年前』とのはっきりとした即答に自分にも覚えがあってはぐうの音も出ない。 『微動だにせず待ってます』 そう言って、あっさりと白旗を上げた。
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