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「ひ、人が多い……」  タウンハウスが立ち並ぶ一画を抜けるとそれまでの閑静が嘘のように人が行きかう商店が並ぶ。  ガーランド王城は領土の北側に位置しており、その膝元に王都があり上級爵位を持つ側近たちの別邸、それを取り囲むように爵位をもつ者たちの領地がある。アルヴェール領は南の方角だ。  リタが育った村はアルヴェール領と隣接する地区だったが、そのほとんどが農地だったため、レンガで舗装された街の華やかさと人の多さにすっかり圧倒されていた。 (色の洪水……)  女性の服装も布をたっぷり使ったものだったり、汚れを気にしなくていい人が着る上流階級特有のものだ。  呆気に取られているリタをエドワルドはくすくすと見守った。 「正面に見えるのが王様の住むお城だよ。まっすぐ行くと長い橋がかかっているだろう? 城へ行くには必ずここを通ることになる」 「城郭(じょうかく)都市なのね。……防衛のため?」  エルンストの教育の成果もあるとはいえ、教わった知識をすんなり口にしたリタにエドワルドは驚いた。 「そう。城以外に住居を持つものは毎日橋の手前の外門でセキュリティチェックを受ける」 「王族以外にもお城に住んでいる人がいるの?」 「要職についている宰相や、王直属の近衛兵、側仕えも別棟に住居を与えられている」  本来なら彼女はあの城で育つはずだった。  そもそもあの城の中で生まれたのである。覚えているはずもないが。 「道が広いのね。あ、お城へ向かう方と戻ってくる方とに分けているから?両脇にあるのがお店で。……はじめから設計されて一気に建設されたみたいに整然としてる。そっか、建物の建築様式が統一されているのか。二階建て以上の建物がないのはお城から死角を作らないためよね」  その紫の眼が為政者のようだと、彼女自身は気づいていない。 (これが君のものになるかもしれないと言えばどんな顔をするのかな)  その時自分は、彼女の足元にひざまずくことになるのだろう、求婚者ではなく、臣下として。 「少しお店をのぞいてみるかい?」  エドワルドの言葉にリタは、少し迷った。  どうしたの、と聞けば、 「わたしなんかがお店に入ってもいいの?」 という。気おくれした様子の彼女の手を引いて、一軒のお店に入る。  そこは装飾品を扱う老舗の店だった。  エドワルドの姿を確認すると、店員がすぐに奥から人を呼んでくる。同じ制服ではあるが、一目で偉い立場の人だとわかる。 「名乗らなくても、わかるみたい」 「一流のお店はね、常に宮廷の人事を知っているものだよ。たとえばぼくは今日初めてこの店に来たけど、向こうはぼくのことを知っているみたいだ」 といえば、 「……すごい」 と目を丸くした。  ここは上流階級のための商店が並ぶエリアだ。  ここでいつ誰が何を買ったか、実はすべて報告されている。金の流れや何を必要としたか、それらは不正や行動を監視するために有用な情報だ。一流店が宮廷人事を把握しているのは、情報収集のために流しているからに他ならない。  装飾品はきらびやかでリタの目にはまぶしすぎる。結局手に取ることもできぬままエドワルドの後ろに隠れてしまった。  エドワルドは店員を呼び寄せ、耳元でなにかささやいた。店員が頷いて、ショーケースから商品をていねいに取り出す。  白い手袋をはめたエドワルドが、手にしたのはネックレスだった。  真剣な目で見分していたエドワルドは、にこっと笑って店員に頷いた。  ぼうっとしてエドワルドの洗練された所作に見とれていたリタは、 「つけてあげるから後ろをむいてごらん」 と言われ吃驚(びっくり)した。 「えっもらえないわ」 「こどもが遠慮するものじゃない、さあ」  さっと器用にリタの首にまわして留めてしまう。ひんやりとした感触にリタはびくりと震えた。 「今日中に請求書をまわしておいて」  エドワルドはさわやかな笑顔だ。 「ご指示通りに」  店員のお辞儀を背にエドワルドは上機嫌でふたたびリタの手を取り店を後にした。 (さあて、どんな顔するかな)  エドワルドは店員に、『彼女は上司の庶子でね。今日は王都を案内してるんだ』とささやいた。宮廷に詳しい店員の脳裏には、当然ある人物の顔が浮かんだはずだ。ついでに買い物の代金は彼につけてやった。ささやかな意趣返しだ。  誰のために何を贈ったのかも王宮へと報告が上がるはずだが、その情報は本人が掌握するのだからなに問題はあるまい。  いたずらが成功したような顔で歩くエドワルドである。 「エドワルド様、悪い顔してない?」 「やだな。やっと誕生日プレゼントを渡せてうれしいだけだよ」  リタは頬を赤くして、小さく、 「……ありがとう、ございます。大事にします、ね」 と言った。 (……やっぱりぼくが買えばよかった)  少し後悔するエドワルドだった。 「噴水!初めて見た!」  初めて見る街の豊かさに言葉少なかったリタがはじめて笑顔を見せたのは、外門前広場に着いた時だった。  丸い円柱から吹き上がる水しぶきにきらきらと目を輝かせる様子は、年相応の子どもらしい。 「すごく不思議!お水は上から下に流れるものでしょう!どうして?」  興味津々の彼女にエドワルドは仕組みを説明してやる。専門外なのでざっくりと。案の定リタはよくわからないという顔になった。 「えっと、人力じゃなくて、自然に噴き出すようになってるってこと?」  てっきり誰かが人為的に動かしているのかと思ったから安心した、というとエドワルドは吹きだした。 「リタはなんでも理由を知りたがるんだな。ぼくは不思議だなくらいにしか思わなかったよ。小さいころから当たり前に見てたからかもしれないけど」  言われれば噴水に夢中で見入ってるのはリタだけで田舎者丸出しだ。エドワルドはリタの案内しがいのある反応に大満足である。 「……ここにいる人たちは、わたしのいた集落の人たちとは違うのね。ひどい雨の時は家にこもって過ぎるのを待つのでしょ。畑の作物がどうなるのか気にしたりしないのよね」 「リタは王族や貴族が贅沢をしてるのが不満?」  彼女は過度な贅沢をきらっているようだ、とフィシュリから報告を受けている。  リタは首を振った。 「……嘘っぽく聞こえるかもしれないけど。 わたしあの村で育ったことを恥ずかしいなんて思わない。おなかいっぱい食べられることなんてなかったし、今みたいな贅沢なものは食べられなかったけど、いっぱい働いたあとに食べるパンはおいしかった。  誰かの着古したおさがりの服だって、もらえればうれしかった。  それが自分が手にすることのできる最上の贅沢だったからだと思う」  自分が何を言いたいのか彼女にもわからなかった。ただ頭に浮かんだ思いの軌跡をなぞるように話す。 「でもねおなかがすくと、誰かのせいにしたくなるの。恨んだり憎んだり、嫌な自分になる。だからどうしようもなくなった時には……助けてくれる人が必要なんだと思う」  リタを救ってくれたのはエドワルドだった。 (妻にしろなんて無茶を言ったのに、本当に約束を守ろうとしてくれる)  ならばリタはちゃんと責任が果たせるようになりたいと思う。 「わたし、自分にできることがあるなら、やらなくちゃって思った」  リタは心のままに口にする。その言葉を隣のエドワルドがどんな気持ちで聞いていたのかも知らないままで。
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