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エドワルドとの王都散策から戻ったリタは、晩餐の前に入浴してほこりを落とした。
侍女に手伝ってもらうことにも、湯船につかるという贅沢にも慣れてしまった。
(本当に与えてもらうばかりだ)
その分頑張らなければ、と決意を新たにしたリタは、晩餐までの時間、本を読んで過ごすことにする。
リタは本を読むのがこんなに楽しいことだと、ここに来るまで知らなかった。知らないことを知るのが楽しくてたまらない。
エルンストは、『書物には為政者に都合よく改ざんされたものもある』ので、うのみにしてはいけないとも言っていた。
民を扇動したり印象操作をしたり、毒にも薬にもなるので、読んだ後必ず自分で考え知識を落とし込むこと。できれば同じことについて書かれたものを何冊も読むことが大事なのだという。
(公爵夫人の人がこんなに大変な勉強してるなんて知らなかった)
そんなわけないのだが、リタは自分に求められている基準が高いものであることにさっぱり気づかないまま、次々と課題をこなしている。
(噴水の仕組みもやっぱり詳しく知りたいな。エドワルド様の書斎ならなにかあるかも)
ついでに今日の楽しかった時間の余韻にもひたれそうで、それはいい考えに思えた。
部屋にフィシュリがいなかったので、リタは自分でエドワルドに本を借りてこようと思った。ついでに今日のお礼も伝えたかった。
首に着けたままのネックレスがしゃらしゃらとくすぐったい。
夜の訪問を禁止されてしまったので、エドワルドの私室に入るのは久しぶりだ。ドアを開けた瞬間ノックを忘れたことに気づいたが、中には誰もいなかった。
(よ、よかった。怒られるところだった)
手入れの行き届いた公爵邸ならではで、開閉時の音もしなかったのでこのままそうっと閉めればリタの失態は隠蔽できるはずだ。
出直そうと思ったリタの耳に、ささやくような話し声が聞こえた。
続き部屋のドアが少し開いている。
(エドワルド様と……フィシュリ?)
会話の内容は聞こえない。が、フィシュリの感情的に高ぶった様子だけはなんとなくわかる。
(この部屋の隣って確か寝室……)
自室へ戻ったリタは、寝台に潜り込むと頭まですっぽりと布団にくるまった。
誰にも顔を見られたくない。
フィシュリはエドワルドの恋人なのではないかと思ったことがある。
だってあんなに優しくて仕草も女性らしくて教養があって・・・。
(どう考えてもきちんと教育を受けた令嬢じゃない。そんな人がどうして私のお世話なんてしているの)
リタは初めてフィシュリを紹介された日、エドワルドが言った『身の回りの世話をしてくれる』といった言葉をそのまま信じている。
何も知らない自分に注意をするのは常識を知らない自分を導いているだけで、彼女が自分の教育係の役目を負っているのだとは思っていないのだった。
晩餐の席に着いたエドワルドは、侍女から、リタがもう眠ってしまったことを聞きがっかりした。こうしてリタとともに食事をする機会はめったにない。
(今日の余韻に浸りたかったのはぼくだけか)
エドワルドにしてもリタとの外出は思いがけず楽しいものだった。
「帰って来てからもかなり興奮していましたから、きっとお疲れになったのでしょう」
「子どもだからそういうこともあるか。
ダンテス、明日はフィシュリを休みにしてくれ。リタの面倒は他のものに頼むよ」
「わかりました。ではモネリにまかせましょう」
教育の行き届いた使用人たちだが、リタが来て以来やけにアットホームになった。
以前なら、自宅よりも職場の方が落ち着けるとすら思っていたエドワルドが、リタのいるこの別邸にやすらぎを感じるようになっている。
慣れているはずの一人の食事がはじめて味気なく思えた夜だった。
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