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 翌朝リタは、すこし腫れぼったい目で自室の窓から、玄関前に並び立つ二人を見下ろしていた。  いつものお仕着せより少し上品なドレス姿のフィシュリは、宮廷服姿のエドワルドに手を取られ馬車の中へと誘われる。続いて乗り込んだエドワルドを乗せ、馬車は出て行った。 (エドワルド様とフィシュリが一緒にでかけた)  エドワルドがフィシュリをエスコートする様子は、決して使用人に対する態度ではなかった。あきらかに貴婦人に対する扱いだ。  リタは自分の手を見る。昨日エドワルドとつないだそれは迷子にならぬように気遣われた、子どもに対してのものだということがわかる。 (そりゃまだ十歳だけど)  エドワルドがリタに優しいのは、自分が哀れな子どもだから。公爵夫人に望んでくれたのは、そう約束してしまったから。  ダンテスあたりが聞けば『旦那様がそんないいひとなもんですか』と大笑いしそうなくらい、リタはエドワルド性善説を信じている。 (フィシュリは……どんな気持ちでいたのだろう)  突然こんな子どもと結婚すると言い出した恋人と、教養も何も持っていない田舎育ちの自分。  フィシュリは時にリタに厳しいことも言うけれど、そこに悪意がないことはいくらリタでもわかる。 (フィシュリもわたしに同情したんだ)  少し考えればありえないということに、二人を恋人同士だと妄信しているリタは思い至らない。ひたすら思い悩んでいるのである。  その時部屋をノックする音がしたので、リタはあわててベッドにもぐりこんだ。  間を置かずして、 「奥様、お目覚めになってもよろしいですよ?」 と笑うモネリの声がした。 リタが起きていることも、あわててベッドに飛び込んだことも気づかれていたらしい。  そろそろと顔を出したリタは、ばつが悪そうにもぞもぞと寝具から抜け出した。 「本日はフィシュリがお休みなので、わたしがお世話をさせていただきますね」 「……はい」  モネリがクローゼットから服を選びだす。そこにはエドワルドがリタのために仕立てた新しい服が並んでいる。  少し成長したリタのために合わせて作らせたもので、上質の生地だが動きやすくデザインされたオーダーメイドだ。誰かのおさがりではなく、採寸してリタのためだけに作られたワンピース風のドレスを手に戻ってきたモネリは、手早く着付けていく。 「可愛らしいですね。これでよろしいですか?」  今朝のフィシュリの細身のドレスとは真逆の、ふくらんだスカートが子どもっぽく見えてリタは落ち込んだのだが、 「……気に入りませんか?」 としょんぼりしたモネリに気づいてあわてて、 「これが好きよ!選んでくれてありがとうモネリ」 と笑った。 (おさがりをもらって喜んでいた自分が、洋服に不満をもつなんて) 「髪も少し伸びてきましたね。今日もみつあみにしましょうね」  言われるがまままかせていると、鏡にはどうみても子どもにしかみえない自分が映っている。  客観的に見ても今のリタは十分可愛らしいのだが、目指せフィシュリのリタは微妙な表情だ。  一方、まだまだやせっぽちで背も低いが、以前の栄養の足りない不健康さがなくなり、すこし丸みを帯びてふっくらした頬にも血色が戻ったリタを眺めてモネリは口元を緩めた。 「昨日は夕食をとらずに休まれたので、おなかがすいたでしょう?今朝はなんでも奥様の好きなものを作るとタモン料理長が張り切っていましたよ」 「じゃあふわふわのオムレツがいい」  エドワルドの好物を口にすると、モネリがふふと笑って「お願いしてまいりますね」と出て行った。 (わがままだよね。こんなにみんなに優しくしてもらって)  この上、エドワルドに愛されるようになりたいなんて、なんて身の程知らずなのだろう。 (ごめんね、フィシュリ。でもやっぱりわたし、ずるいっていわれてもここにいたいの)  リタは決意を固めた。 (エドワルド様にアイジンがいてもいいから、立派に公爵夫人の務めを果たすわ!)  エドワルドに愛されるのではなく必要とされる存在を目指すのだ。  こうして間違った方向へと舵はきられたのだった。  それからもフィシュリはたびたびエドワルドと出かけるようになったが、リタは気にしないように努めた。
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