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 周辺の四国が共闘して、ジェダカイン陥落の戦を開戦した報が届いたのは、アリエッタがアルヴェール領に来て半年がたったころだった。 (ついに……動いたのね)  こうなるのはわかっていた。ジェダカイン王国は自滅したのだ。  この戦で相手に勝機はないとアリエッタはみている。  事実、開戦から一年がたったころには四方から領土を削り取られたジェダカイン王国は応戦一方の戦況に敗走者が増え士気を失っていた。  隣国を隔てる壁は崩壊し、四国間ではあらたな交易路が開かれ、物の流通も再開しつつあるという。 「王宮では王妃様と王太子が幽閉されたってきいたわ」 「不義密通が明らかになりましたからね」  いつまでたっても世継ぎの生まれないことに業を煮やし、ジェダカインのものと通じていたというのだから大胆である。  アリアローズ暗殺を黙認した彼らに対して、どれだけ侮ったものか。  王妃は幽閉されたその日に、毒をあおって死んだのだという。本当に自死だったのか、だれかがそう仕向けたのかは不明だ。王妃が毒を携帯していたことを見逃したとすれば不自然だ。 「王太子はおかわいそうね……」  まだ六歳の王太子は母親とは別に幽閉されていたため、心中に巻き込まれずに済んだがこの先、光を浴びることはないだろう。 「旦那様はやはりお忙しいのですか。アリエッタ様がこちらに来てからは一度も領地に来ませんね」  さみしくはないですか、と聞かれるとがくっとうなだれるアリエッタだった。 「そりゃ会いたいわ。最近は手紙も途絶えてるし。でも王宮内の醜聞があって、戦時ともなれば忙しいのはわかるから。それに向こうは向こうで仲良くやってるだろうし……」  リタの誤解でいまだにエドワルドはとんでもない濡れ衣を着ている。 「ねえテイルス、公爵家の跡継ぎが養子とか庶子ってまずいのかしらねぇ」 「アリエッタ様は何を言っておられるのです。跡継ぎならアリエッタ様が産めばよろしいではないですか」 (わたしがエドワルド様の……)  想像してアリエッタは真っ赤になって震えだした。恥ずかしすぎる。 「ないないない……!わたしはお飾りの妻でいいって決めたのだもの!」  テイルスはぎょっとした。  傍らではお茶の用意をしていたヨナの手がぶるぶると震えている。 (アリエッタ様がお飾りの妻?旦那様は何を考えているんだ?) 「テイルス!わたし、お仕事頑張るからっ」  こうして乗り手を増やしつつ、船は誤解の海をただようのであった。    *** 「塩で炒って、このまま乾燥させるのね」  アリエッタは慣れない手つきで、重い鉄板を振ろうとするのだが、これが意外と難しい。 (見るとやるのじゃ大違いだわ) 「あーあ、なっちゃいないね。これだからお嬢様ってのは」  みかねた老婦人が「どきな」と言って、アリエッタに代わって四角い鉄板の両側に着いた取っ手をもって軽々と操った。鉄板の上の木の実が均等にひっくり返り香ばしいにおいをさせている。 「ほら、こうやるんだよ」  押しのけられて立ち尽くすアリエッタを振り返った老婦人は、自分のとった振る舞いが領主代行に対するものではなかったことに思い至り、青ざめた。 「……や、あの」 「ねぇおばあちゃん!……わたしってお嬢様に見えるかしら?」 「……それ以外には見えないけど」 「じゃあ公爵夫人にも見えるかしら」 「そりゃ無理だよ。まだ子供じゃないか」  老婦人の言葉にがっくりと肩を落とすアリエッタであった。 (……なんだか妙な子だね)  その場に居合わせた女性陣は顔を見合わせた。  保存食づくりは農閑期に住民が集まって共同で行う作業である。  最初は領主代行が視察に来るというので緊張していたが、作業が始まると女たちはあっという間にその存在を忘れた。  現れたのがまだ幼い少女だったこともあり、領主代行とはいっても形式的なものにすぎないとみんなが認識したからである。  はじめは隅っこの方で椅子にちょこんと座っていたはずのその娘が、いつのまにか女たちの間で手元を覗き込んで興味深そうにしていたので、 「やってみるかい?」 と声をかけたのだが、おぼつかない手つきに、木の実がこげつかないか気が気ではなくて、視察中の領主代行にとんでもない態度をとってしまった。見た目が孫と変わらない年頃なのもいけなかった。 「乾燥させるとどれぐらい持つの?」  気を持ち直したらしいアリエッタは、周囲の空気にも気づかずに聞いた。 「おいしく食べられるのは季節一つ分までだね」 「それじゃ備蓄には向かないか」  眉間にしわを寄せてぶつぶつ言い出したアリエッタに他の女が声をかける。 「脂が浮き出てきてべとべとになるだけで食べられないわけじゃないよ。味は落ちるけどさ。うちじゃ細かく砕いてパンに入れたり、かゆに入れたりするんだけどね」 「酸化しちゃうのね。だったら空気に触れないような保存方法で何とかならないかなぁ……。木の実がゆっておいしそう」  贅沢なものを食べなれているだろうに、平民の食べるようなものを『おいしそう』だなんてなんとも変わったお嬢様だ。  アリエッタは保存食づくりのために開放されている集会所のテーブルに並んだ保存食をぐるりと見まわして、「これはどうやって食べるとおいしいの?」と近くのものに聞いている。 「保存食なんてのは日持ちさせていざというときに食べるためのもんさ」 「そうなんだけど、乾燥させると栄養価や旨味がぐっと増すし……。なにか特産品ができないかと思って」 「特産品?売るのかい?……これは住民が食べるためのものだよ」  アリエッタは室内を見まわした。見事に老いたご婦人ばかりだ。農作業は力のいる仕事が多いから年を取るとどうしてもできることが限られてくる。 「ここではありふれたものでも、王都や他の街では珍しいものがあるかもしれないでしょう。そういうものでおこづかい稼ぎができないかと思ってるんだけど」 「おこづかい……」  上流階級の令嬢の口から出るにはなんともそぐわない単語である。しかしそれを聞いた 女たちの目がちょっと真剣味を帯びる。 「そう。農作物を加工して、付加価値をつけて高く売るの。子どもだって野菜を下ごしらえしたり木の実を集めるくらいならできるでしょう」 「……わたしたちの取り分はどれぐらいだい?」  アリエッタがうふふと笑う。 「応相談」 「なんだい。私たちに作らせて利益を独り占めするつもりかい。強欲な領主だね」  老婦人があきれた口調で言う。 「その代わり商品の在庫管理と宣伝・売り込み・納品や物流、商人との交渉はぜぇんぶ引き受けるわ。おばあちゃんたちは作るだけ。作業するための場所や調理場も用意する」  アリエッタは腰に手を当ててどや顔で皆を見回した。  好条件を出されて、食いつく寸前の空気になったところで、 「おばあちゃんじゃなくてヒルダとお呼び」  老婦人が面白くなさそうにアリエッタの頬を指でつついたのだった。
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