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視察を終えたアリエッタが公爵邸へと戻ると、テイルスが足早にやってきた。
「あ、テイルス。例の特産物の件なんだけど……」
「アリエッタ様」
アリエッタを途中で遮ったテイルスの表情がこわばっている。
「……なにかあったの」
「王都のダンテス殿より知らせが。……旦那様がジェダカイン王国で消息を絶ったそうです」
アリエッタの頭の中が瞬時に真っ白になった。
アリエッタには知らされていなかったが、エドワルドは王の命令で数名の仲間とジェダカイン王国へ潜入していたらしい。
特命の内容はダンテスにも知らされていなかったのだが、これまで定期的に届いていた手紙が届かなくなった。ダンテスがエドワルドの上司である宰相に連絡を取ると、宰相もまた首を横に振ったのだという。
(うそ、でしょう)
なにも知らなかった。
エドワルドがそんな危険な仕事をしてるなんて。
戦争と聞いてもなんの現実味がないほど、アリエッタは平穏な場所にいたから。
なにも、……アリエッタには知らせてくれなかった。
「王都のダンテス殿からこれが届きました」
テイルスがさしだしたそれを震える手で受け取り、内容を確認したアリエッタの瞳から涙が零れ落ちた。
それは、アリエッタに、アルヴェール領領主権を委譲する書状。そこにはすでにガーランド王の署名がなされている。
「自分と連絡が取れなくなることがあったら裁可をもらえるよう旦那様が宰相に預けていたそうです」
「いやよ……!」
だってアリエッタは『領主』になりたかったわけではない。
「奥さんにしてっていったのに……」
エドワルドに愛されなくても頑張ろうと思えたのは、それでもそばにいられるならと思ったからなのに。
「うそつき……!」
半狂乱になったアリエッタのまわりに使用人たちが次々と集まってくる。
テイルスが手を取ろうとするのを振り払って、
「離して!エドワルド様のところへいくんだから!」
と玄関へ向かおうとするが「なりません」と久しぶりに聞く声がした。
振り返ればそこにはフィシュリが立っていた。
「フィシュリ……!エドワルド様が……どうしよう!?」
フィシュリは首を横に振って、アリエッタに近づいてくる。
「ここをはなれてはなりません。アリエッタ様を『領主』の位につけるのは、エドワルド様の安否がわかるまでの暫定処置です。アリエッタ様がこの地を離れた時効力を失うという条件がつけられています」
「……どういうこと」
「エドワルド様は若くして公爵におなりになったので、まだ後継者がいません。公爵様の生死が分からぬ今この地を領主不在のままにしておくことはできません。領地は他の爵位の方にまかされることになります。……わかりませんか?アリエッタ様は、エドワルド様にこの地を託されたのです。自分が戻るまで、頼む、と」
アリエッタは呆然とフィシュリを見つめた。
「……戻る……?本当にエドワルド様は戻ってくるの?」
「あなたが信じなくてどうするのですか。しっかりなさいませ」
フィシュリは厳しく諭しながら、
(アルヴェール領から出さないために条件をつけさせたのはエドワルド様のお手柄ね)
と思った。
王女、王太子の追放とともに、ついに宮廷内で王女の生存が明らかにされた。それによりざわついている王都周辺に今はまだアリエッタを戻すわけにはいかない。
フィシュリは王から、アリエッタの側につくように頼まれてアルヴェール領へとやってきたのだった。
「……ごめんなさい。フィシュリだって辛いのに……」
アリエッタはそでで涙をぐいっとぬぐった。
紫の瞳に正気の色が戻ったのを見て、使用人たちもほっと安心した。
のだが。
「エドワルド様が戻ってきても、フィシュリは愛人のままでいてね。二人でエドワルド様の帰りを待ちましょう」
アリエッタの爆弾発言で、その場は微妙な空気になったのだった。
「なっ………………えっ?」
テイルスとヨナをはじめ使用人たちの刺さる様な視線を受けたフィシュリは硬直し、気を失いそうになった……。
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