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 ガーランド王の命でジェダカイン王国に潜入していたエドワルドが刺客に襲われたのは夜更けのことだった。  寝台に身を起こした状態で短刀を喉元に突きつけられたエドワルドが、 「……あなたがジェダカインと通じているとは思いませんでしたよ」 と冷や汗を浮かべながら言ったのは、獲物を突きつけてくる刺客にではなくその背後の同僚に対してである。 「王女はどこにいる。おまえなら知っているはずだ」  男の言葉に同調するように刃がエドワルドの首に押し当てられ、チリっと痛みが走った。 「痛っ!やめてくださいって!ここで僕の死体が見つかるといろいろ面倒なことになりますよ!」 「安心しろ、お前には消えてもらうがここでは殺さない。ただし楽な死に方ができるかどうかはお前次第だ」  男はにやりと笑っていった。 (あー、やっぱり嫌われてたみたいだ。ほんと若くして公爵位なんて継ぐもんじゃないよ)  エドワルドはごくりとのどを上下させる。演技ではなく本気で痛い目にはあいたくないのである。 「素直に言った場合の僕のメリットは?」 「そうだな。俺はお前が嫌いだが、名誉ある死に方をさせてやろう」  楽しくてたまらなさそうな様子にエドワルドはげんなりする。人のことは言えないがこいつは性格が悪いと思う。 「ガーランドの新たな王が立ったあかつきには国賊として処刑してやる。今までさんざん王にひいきされてきたのだ、王の命令で死ねるならうれしいだろう?」  やっぱり(ろく)なものではなかったが、エドワルドは彼らの狙いが想像通りのものであったことを確信する。 (王と王女を亡き者にしたあと、新たな王として立つのは……。あの人、だよなぁやっぱり)  エドワルドは両方のひじから上をあげて、 「約束は守ってくださいよ。言ったとたん殺すのはなしにしてくださいね」 と媚びるように言った。 「信用しろ。おまえの言う通りこの場所でお前を殺せば警戒されるからな」  人に刃物を突きつけておいて信用しろもなにもないものである。  がとりあえず、すぐに殺されることはなさそうだとわかって、エドワルドは安心した。痛いのも死ぬのも嫌だった。 「……サリハリデ侯爵のもとでかくまわれているとしか知りません」  男の口が満足そうに弧を描いた。その口元が「やはりか」とつぶやくのをみてエドワルドはほっとする。  男は自分の仕事に満足したのか、エドワルドのことを刃物の男にまかせて出ていく。 (けどやっぱりあの人は仕事の詰めが甘い人だったな)  男が部屋を出て行った直後、エドワルドに刃物を突き付けていた刺客はもう息をしていなかったのだから。  もちろんエドワルドにそんな芸当ができるはずもなく、やったのはアルヴェール公爵家に昔から使える影の存在だったが。  以前リタと王都散策に出た折に護衛をしていたのもこの影と呼ばれる存在で、その名の通り姿を見せずともきちんと仕事をしてくれる。 「仕事ってのはこうやるんだよ」  エドワルドはわずかな血痕すら残らぬ床に転がった死体をこつんと蹴った。 「さて、それじゃぼくは姿を消さないとね。あー……あとでダンテスに死ぬほど嫌味を言われそうだな」  文句があるなら王と宰相にお願いしたい……と結構本気で考えているエドワルドだった。  一方、アルヴェール家執事の嫌味を丸投げされようとしている王都のエルンストと王も、ガーランド国内においてちゃんと仕事中である。 「サリハリデに張った罠に獲物がかかったようです」 「……これでフィシュリを王妃に召し上げるための功績ができたな」 「王、本音が漏れてますよ。あくまで、ジェダカインとつながっていた貴族のあぶり出しが目的なんですから」  エルンストの指摘に、ガーランド王はこほんとひとつ咳をした。そんな王の様子にエルンストは苦笑した。 「爵位をあげるのはもう無理でしたからね」  サリハリデ侯爵家は一度ならず二度までも爵位をあげているのだから、さすがにこれ以上は貴族の恨みを買うだろう。  エルンストが差し出した書類に目を通した王がペンを執る。 「余の署名をアリエッタが目にするのだと思うと緊張するな」  はっきりいってどうでもいい、とエルンストは心から思ったが言わなかった。  彼女のおかげでこの国は王を取り戻したのだから。 「あとはエドワルドの方に『本命』が現れるのを待つだけか。仲間が捕まったのだから、あれはジェダカインにしか逃げ場がなかろう」  あわれな女だ。  父王の命令で他国へと嫁がされ、嫁いだ相手には愛する女と子どもまでいた。  一度も訪うことのない夫と、早く世継ぎをとせかす母国の間で。  『王妃』の命令でアリアローズは殺されアリエッタは本来の生きる場所を追われたが、それは本当にあの女の意思だったのか。  『王の子』を産んだのも、あの女が望んだことだったのか。  王の命令によって拘束された王妃は毒をあおって死んだ。  しかし、表舞台についぞ出てくることのなかった王妃の顔を知るものは少なく、本人であると証言したものはすでに反逆の罪で裁かれている。  刑を言い渡される前に『王妃として』死んだ女。  もし今、王と王女がいなくなったとしたら、この国を継ぐ王家のものはいなくなる。  王子は国王の子ではないのだから継承権は当然ないが、婚姻関係にあった王妃ならば新たな王として立つことができる。生きてさえいれば。 「本当に王位簒奪(さんだつ)を企てているのでしょうか。そのような野心があの王妃にあったのか疑問ですね」 (あれもまた『傀儡』であったのかもしれぬ)  だが、王はアリエッタを取り戻す道をすでに選んだのである。  邪魔なものは命をうばうことになろうとも徹底的に排除すると決めた。  現在エドワルドが罠をはっているのはジェダカインに入国するには必ず通らねばならない関所だ。城郭都市であることが幸いして、罠をはるのは簡単だった。  現在その関所にエドワルドは『いない』のだから、必ずあの女と仲間は現れるだろう。 『必ず王妃をとらえて亡き者にせよ』 それが王がエドワルドに下した勅命であった。王妃はすでに毒をあおって死んだのだから、生きていてもらっては困るのだ……。
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