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こうしてエドワルドのもとで暮らすことになったリタであったが、さっそく自分がとんでもない世界に足を踏み入れたことを実感する。
翌日から彼女の部屋には次々と物が運び込まれた。
まずはドレスや靴、下着といった生活必需品の類なのだが、これがとんでもなく高価なものばかり。
「採寸が終わるまでは既製品になってしまいますけれど、リタさまはまずご年齢相応のおからだを取り戻しませんと」
骨と皮ばかりの自分の体が恥じ入ってしまうほど素晴らしい生地とデザインの服飾品を前にひるむ。
「こんなに何着もいらない!公爵サマは無駄遣いしすぎでは……」
「まだ足りないくらいですよ。お部屋でくつろぐときの部屋着、食事、就寝・・・」
一日に何度も着替えるのだと聞いて思わず顔が引きつる。
「洗濯が大変じゃない!そんなにしょっちゅう洗ってたら生地だって傷むのが早いのに!ツギをあてるのだってこんな高級な生地じゃ気をつかうし!」
「リタさまはそんなことなさらなくてよろしいのです。そのために使用人がいるのです」
フィシュリはリタがどんな言動をしても、姉のようにひとつひとつ根気よく諭した。
『カトラリーをそんなふうに握ってはいけません』
『お肉はもっと小さく切り分けましょうね。食事の際には小さく口を開けて召し上がってください』
『口の中のものがなくなってから次の品をいただくのですよ』
もう食事の時間が苦痛である。
はっきり言って味などどうでもいい。食べられておなかがいっぱいになればいいのだけど、といえば食事の様子をうかがっていたシェフががっかりした顔をした。
使用人たちのあきれ顔が、自分の育ちをあわれんでいるように思えていたたまれない。
(だって仕方ないじゃない……!)
リタはお皿の上のものをかき寄せて、握りこんだフォークで串刺しにして大きく開けた口に放り込んだ。それを水で一気に流し込む。
やっちゃダメと言われたことの総決算である。
口もぬぐわず立ち上がるとひざに広げたナプキンが床に落ちたが、
「ごちそうさま!」
と叩きつけるように言って立ち上がった。そのままあてがわれている部屋へとバタバタかけこむ。
「リタさま……!」
後ろからフィシュリの咎めるような声が聞こえたが、もうどうでもよかった。
(追い出すなら追い出せばいいんだ)
なにか異質なものを見るようなみんなの反応がこわい。
自分の今までの育ちを否定されているようで辛い。
ふとんに顔を押し付けると天日にあてられたのか日向のにおいがしてほっとする。作り物のような世界の中でもこのにおいだけは知っている。
「リタさま、お着替えもせずに寝台によこになってはほこりが……」
フィシュリがリタの部屋に入ると、すでにリタは眠りに落ちていた。その頬に涙の跡を見つけて、フィシュリはきゅっと胸が締め付けられる。
(おかわいそうに……。リタさまには安らげる場所がないのだわ)
優しくしてやりたい、そう思ってもフィシュリにはそうすることができない。
最初は仕方がない、という目で見ていた使用人たちの目が厳しいものに変わっていることを、リタは気づいている。
(人の悪意に敏感な子だから)
眠るリタのまだまだやせっぽちの体にそっとブランケットをかけてやる。履きっぱなしの靴を脱がせ、ベッドの下に揃えると固い決意を胸に部屋の明かりを落とした。
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