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リタは悩んでいた。
エドワルドの気持ちがわからない。
公爵夫人になるための勉強をしてほしいといったのはエドワルドだ。
(ってことは妻にする気はあるのよね)
なのにあれ以来、将来をほのめかすことはない。
いつかここを出ていく日が来るのだと思っていた。
だからその時が来たら、エドワルドに頼んでここで使用人として雇ってもらおうと使用人に交じって働こうともした。
でも本当に彼の妻になれるのだとわかったリタは、このところ張り切っている。
深夜の私室に突入して大人の会話をしかけたのは、大人の男が政治の難しい話をしているとグっとくると侍女たちが言っていたからだ。結果は寝落ちという惨敗つづきである。
使用人たちはリタとエドワルドで完全に遊んでいるのだが、いかんせんリタは気が付いていない。
「エルンスト先生。エドワルド様の女性遍歴を知りませんか?」
エルンストは口にしていた紅茶をぶはっと吐いた。教科書がぬれた。
片頬に手を添えて首を傾げて見上げろ、というのも侍女の指南である。こうすればお願い事を聞いてもらいやすいらしい。有益なアドバイスを素直に実行している。
「胸は大きめの方がいい?背はどれくらい伸ばせばいいの?多少ふっくらしてたほうが抱きごこちがいいってダンテスがいうのだけど」
(そう言ってたくさん食べさせようとするから)
エルンストはむせている。顔が真っ赤で苦しそうだ。
「リタさまは」
息も絶え絶え。なんだか笑いをこらえているような顔である。
「アルヴェール公爵がお好きなのですね?」
リタの頬がぽうっと赤くなる。ばばっとすばやく両頬を手で押さえた。
年頃の恥じらいをちょっとだけ覚えた。覚えてないこととわかっていないことの方が多い。
そんなリタを優しい目で見ながら、彼女の家庭教師は「これはつい手塩にかけたくなる」とか「嫁にやりたくないと思うのがわかる」などとわけのわからぬ独り言をつぶやいた。
「そういうのは、公爵様ご本人にきくのがよろしいでしょう」
「でも夜に部屋に行くのはダメだってダンテスに止められて。どんな紳士でも男はオオカミなんですって。満月でもないのに変でしょう?」
エルンストが机に額をこすりつけ肩を震わせている。エルンスト先生はなにか発作でも持っているのかもしれない。
「しかも夜じゃなくても」
エルンストはリタの話を慌てて遮って、
「リタさま、やはり本人にお聞きなさい。おそらく公爵様は明日公休のはずですから」
といった後、顔をそむけて「公爵家の執事は百戦錬磨のつわものに違いない……」とつぶやいた。
はたして翌日、
(宰相が急に明日休めなんていうからウラがあるとは思ったが)
エドワルドはこめかみをぐいぐいともんだ。
いつの間にかこの屋敷中の使用人を味方につけているリタに、朝早くからとんでもない猛攻を受けている。
「じゃあ次の質問です。エドワルド様は貞淑な妻がいい?タモンはつんでれらの方がぐっとくるって言うんだけどつんでれらというのがよくわからなくて……エドワルド様に教えてもらえっていうの」
エドワルドの口元がひくついた。
「タモンってだれだっけ?」
減給処分にしてやろうかとエドワルドがこぶしを握り締めていると、リタが首を傾げた。
「料理長です。エドワルド様の好きなふわふわのオムレツを作ってくれるでしょう」
「ああ、彼か……」
「それでつんでれっていうのは」
「リタ、せっかくだから王都の街を散策してみないか」
もう質問攻めはうんざりである。宰相の思惑通りになるのは気にくわないが、休みは休みだ。いつもなら寝て過ごすところだが、リタのために使うならかまわない。
(これ以上使用人に変な入れ知恵をされても困るしなぁ)
「……いいの?街に出ても」
「かまわないよ、ぼくが一緒だからね。でも一人のときはだめだ」
「じゃあモネリにお願いしてくる!」
「準備ができたら玄関においで。お忍びだから、と言って服を選んでもらいなさい」
わかった!と立ち上がったリタは、居ても立っても居られないと言わんばかりのスピードで部屋を出ていく。急いでいるがきちんと淑女の歩き方をマスターしているところにフィシュリの教育が実を結びつつあるのがわかる。
玄関に現れたリタはつばの広い帽子をかぶって二つに分けた髪をみつあみにしていた。
シンプルなワンピースだがところどころ薄紅色の小さな花が散っていて、同じ色のボレロを着たリタはしっかり小さなご令嬢に見える。
「本当に徒歩でよろしいのですか?」
ダンテスが心配そうに聞くが、
「馬車だとかえって目立つ。歩いたほうがいろいろ見られるだろうし」
と手を振った。
貴族令嬢をエスコートするなら劇場や買い物が定番だがリタが喜んでくれそうなコースとは思えない。
「護衛はそうとわからないように就いてくれ。
いざというときはぼくがリタを抱えて逃げるから後を頼む」
「承知いたしました」
大人の会話をじっと聞いていたリタは、
「エドワルド様ってやっぱり偉い人なんだ。一人で外も歩けないなんて大変ね」
と同情するような顔をした。
(いや、守りたいのはきみなんだけど)
リタの正体を知るのは、自分の他二人だけだから実はそれほど心配しているわけではない。むしろ普通の子供のように外の世界を見せてやれるのは今だけかもしれない。
エドワルドは、リタが喜びそうなコースを頭の中で組み立てていく。それは思いの他楽しい作業だった
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