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 晴天の中、ガーランド国の豪奢な王宮から王家の紋章を施した馬車が数台、出立した。  長い橋を渡り噴水のある外門前広場を抜け、タウンハウスを抜けるとき、ある邸の前にはお揃いのお仕着せを着たものがずらりと並んで、馬車が通り過ぎるまで手を振り続けた。  さらに市街地を抜け農地が広がるあたりに差し当たったころ、先導の騎手は東の街道へ向けて進路をとる。  ジェダカイン戦争以後に作られた交易路だ。 まだまばらだが、交易商人向けの宿泊施設や市場が確認でき、そこには新たな生活が根付き始めているのがわかった。  馬車の窓から見える光景を飽くことなく見続けているのは、光の加減によって金にも見える赤銅色の髪の王女だ。彼女の持つ紫紺の瞳が映しているのは、人々のこれから。 (待っててね!絶対もっと豊かにして見せるから)  王位にはつかないけれど、公子として自分にできることがある。 生まれたばかりの弟のためにも、姉として頑張る所存である。 「いいかげんぼくのことを無視するのやめてもらえないかなぁ、リタ」  呆れたような声がして振り返ると、エドワルドがひどく不機嫌そうな顔でアリエッタを見ていた。 「だってしばらく見納めなのよ。……ああああ、次に会うときマルちゃんはもう二歳になってるのね。わたしのこと覚えててくれるかしら。一番可愛らしい時期を見れないなんてそれだけが心残り……」  弟のマルダティヌスのどこもかしこも柔らかいふっくらとした抱き心地を思い出すとアリエッタの手がわきわきと動いた。  エドワルドがちょっと腰をずらしてアリエッタににじり寄ると、 「だったらぼくたちの子どもが産まれた時の楽しみにとっておこうか。なんなら予定を早めてもいいんだけど?」 と笑顔を向けてきた。  アリエッタは真っ赤になって彼の胸をぐいっと押しやると、 「エドワルドまでついてくることなかったのに。無責任な公爵様ね。領地はどうするのよ」 とにらんでやった。 「領地は誰かさんのおかげで領主不在でも順調だし、公爵なんてぼく以外にもいるじゃないか。ジェダカイン戦争における功績をたてにきっちり二年は公休をもぎとってあるし。  タウンハウスの方はダンテスに任せておけば安心だよ」  なにしろすでに主人不在の前例がある。今回は安否がわかるのだから問題ないと自信満々に請け負った。  これからアリエッタたち一行は東の同盟国ファラダイへと向かう。  ジェダカイン戦争以後、四国は大陸評議会という機関をつくり定期的に会議を持っている。どこかの国で問題があれば協力して事にあたる体制を整えたのである。  その会議で可愛い娘のたっての願いで、ガーランド国王が提唱したのが、『交換留学制度』である。他国の優れたところを学び見聞を深めるという趣旨に、東のファラダイ王が真っ先に賛同した。条件は、ガーランド国王女アリエッタを留学生第一号としてファラダイへ招くことである。 (ジャンラウトのやつめ、留学期間中にアリエッタを口説く気満々じゃないか)  そうはさせるか、とエドワルドは邪魔する気満々である。 「アリエッタ、ちょっとこっち向いて」  エドワルドが手際よく彼女の髪をのけ、その首元にペンダントをまわしつけると、満足そうに「これでよし」と笑顔になった。  アリエッタは指先でそれをたどって、 「……前にももらったけど、またくれるの?」 と不思議そうに聞いた。 「あんなの十年近く前じゃないか。それにあれはぼくにとってノーカウントだから」  エルンストに不貞疑惑と支払を押し付けた一件である。  アリエッタはよくわからないながらも、うれしそうな顔になって「ありがと。うれしい」と小さく言った。  アリエッタは気が付いていないが、今回のネックレスのペンダントトップは特別製なのだ。裏を返すとアルヴェール公爵家の紋章が入っているのである。つまりこの贈り物は、ジャンラウトへの牽制の意味もあるのだった。 「言っとくけど留学中は外しちゃだめだからね」 「外さないわよ。……ずっと」  アリエッタの頬が赤い。  エドワルドは「ここが馬車の中じゃなければ……!」と葛藤した。  二年後、今度こそ彼女をアルヴェール公爵夫人にしてやろうじゃないか。 二度目の『娘さんをぼくに下さい』をやらねばならない現実は今は見ないことにする。  エドワルドはうれしそうにペンダントトップを指でいじっているアリエッタの手をつかむと、驚いて目をぱちぱちさせている彼女に顔をよせた。
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