西2

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西2

 「ああ、えりちゃんね」  南野かなこは私の同期で、私とも翔とも担当チームは違うが唯一と言っていい社内の友人。歯に衣着せぬ物言いで、あれこれスッキリさせてくれる貴重な存在だ。翔との関係もかなこにだけは伝えてある。  「何、有名な子?」  「以前チームの決起会をやった時にね、酔っぱらっちゃったみたいでベラベラ語りだしたのよ」  「どんなこと?」  「私はメンヘラ気質だの、寂しがり屋だの、あれやこれや」  表情豊かに語るかなこを見て、何となく伝わってくる嫌悪感。かまってちゃんで、自分に注目を集めたいのだろう。少なくとも友達にはなりたくないタイプだ。    「ちょっと面倒な子ね」  「その通り!それで、そのえりちゃんがどうかした?」  昨晩の話を伝えてみると、かなこは次第にワクワクしたような表情に変わっていく。人のピンチがそんなに面白いのだろうか。案外良い性格をしている。  「そっかあ、翔さんモテるからねえ」  「それで、心配になっちゃったの?あずみも可愛いところあるのね」  「もう、茶化さないでよ」  「はいはい、そんなに怒らないの」  「憧れるだけとかなら多分他にもいるんだろうけど……あからさまにアプローチしてくるのはちょっと面白くないな」  学生時代のような嫉妬心が自分の口から発せられた事に少し驚いた。嫉妬……ではないのかもしれない。沸々と湧き上がる衝動とでも言うのだろうか。20代も後半に差し掛かって大人になってきた自覚があったが、まだまだ未熟な気持ちも残っていたようだ。当然、あの頃程ではないが。  「その気持ちはよくわかる、あずみの場合は近くにいるから余計ね」  「まあ、それとなく釘刺しとくよ」  少し考えればよくある話だし、他にも迫ってくる女の子だっているだろう。翔はとても誠実で責任感が強く、到底浮気なんてするタイプではない。  ただ、何か嫌な予感がするのは確かだった。そして、私の勘はよく当たるのだ。  だが、それから暫くは何てことない平和な日々だった。かなこが何と言って釘を刺したのかは知らないが、お誘いもここ1カ月はなかったという。杞憂だったのだろう。    私と翔の交際も、仕事も相変わらず順調。間もなく半期が終わろうとしていたが、私のチームはなんとか予算達成。前年の数字がかなり良かったので厳しい目標ではあったが、担当の化粧品メーカーからキャンペーンの追加予算を頂けたのが決定打となった。  当然……というと癪だが翔のチームも予算を大きく上回り最高益を出したという。部署内で相次ぐ景気の良い話に本部長がたいそうお喜びのご様子で、全員参加の大規模な祝賀会が企画された。もちろん翔も私も参加予定、2次会あたりでこっそり抜け出そうと計画していた。  そして当日、本部長の長い挨拶も終わり乾杯すると、みんなそれぞれ話をはじめガヤガヤしてきたその時、私の携帯が鳴った。表示を見ると例の化粧品メーカーから。非常に気は進まないが仕方ないので一旦外に出て電話を受ける。 「あずみちゃん、ちょっと大変なの」 「え、何かございましたか?」 「うちの男性社員がね、ちょっといやらしいサイトを見ていたらしいんだけど……そこにうちの広告が出てたって言うのよ」    「そんなはずは……申し訳ございません、至急確認致します」  本当なら緊急事態だ。女性向け化粧品の広告が本来出てはいけないwebサイトに出てしまうなど広告主が許すわけがない。しかもアダルトサイトとなると、名誉棄損にまで発展しかねない……。急いで荷物を取り、直属の上司にだけ事情を説明して配信設定を見直す為オフィスに戻った。普段はPCを常に持ち歩いているが、会社主催の飲み会が行われる時は社用PCを持ち運ばないルールがあり、今日に限って手元にないのだ。  翔には移動中のタクシーから連絡しておく。「後で合流するから、飲み会楽しんでね」とだけ送ったが返信はなかった。今期のMVPなので、気を良くした本部長あたりにつかまっているのだろう。  誰もいないオフィスに着くと、急激に不安と焦りが込み上げてきた。合流するとは言ったものの、今夜は長くなりそうだ。
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