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あの人は今
「なーなー、番についてどう思う?」
発情期も治まったので、未だ鼻をぐしぐしさせている友人Aに訊いてみた。
最近よく考えるのだ。
大好きなたっくんは傍にいてくれない。
いつも傍にいて優しくしてくれるのは先輩だ。
だから先輩の方に気持ちがいってしまったとしてもおかしくはない。
だけど俺はたっくんの事が好きだ。
これってαとΩだから?βとじゃ番えないからそう思うのかな?
じゃあ先輩がもしもαだったら――――?
それでも俺はたっくんを選ぶ。
俺の言葉に顔色を変える友人A―――芦崎。
この世の終わりみたいな、そんな顔。
選べる立場であるはずのΩの俺が誰も選べる状況にない事で、手直なところで自分を選んだとでも思ったのだろう。
「番って……お前まさか…?」
「―――誰もお前と番うなんって言ってないからな?」
芦崎が意中のΩに猛烈アピール中だって事は知っている。それでも俺の傍にいてくれるのは俺が一人にならないためとΩのプライドを守るため。
プライドなんて俺にはどうでもいいけど、それでも一人は寂しいから一緒にいてくれるのは正直ありがたかった。
小学校高学年で知り合って、芦崎との付き合いはもう8年目になる。
発情期の度に俺のフェロモンで迷惑をかけまくってるけど、「お前またかよ」なんて文句を言いながらもすぐにケロっとして笑ってる。明るくていいやつだ。
だからそれなりに好意はある。
でもそれはたっくんに対する気持ちとはぜんぜん違う。
やっぱりαだからって理由だけでたっくんを好きな訳ではないようだ。
Ωはどんなに沢山のαに求められてもただ一人しか選ばない。
俺はたっくんを選んだ。
だから長年の音信不通にも関わらず信じて待っていられる。
「そ、そうか…」
明らかにほっとした顔をする芦崎。
仲がいいから変に取り繕う事はしない。
俺も遠慮しなくていいから助かるけど、でもやっぱりちょっとだけ辛い。
番について考えてしまうのは、たっくんが俺のフェロモンがラフレシアだって事を知らないから。もしもたっくんに俺のフェロモンが臭いって拒絶されたらって不安があるから…。
だから『番』に特別な何かを期待しているんだ。
αであるたっくんの心変わりがないって信じたいから…。
俺だって好き好んでラフレシアなんて匂いなわけじゃない。もしもっと違う優しい香りだったなら俺だってこんなに悩まなかった。たっくんの気持ちを疑う事もなかった。
じわりと涙が浮かぶ。
「――あーあー…えーっと。すまん…。お前だって好きであんな匂い出してるわけじゃないのにな…」
「そう、だよ。――でもな、たっくんは俺の香り好きだって言ってくれたんだ」
「え…………………?」
信じられない物でも見たような顔で俺を見る芦崎。
芦崎と知り合う前にたっくんは海外に行ってしまったし、たっくんの事を話した事もなかったので芦崎はたっくんの存在を知らない。
「それマジで言ってんの???」
ほら、こういう反応になるってどこかで分かってたんだ。
たっくんとの約束にケチをつけられるみたいで嫌だったんだ。
たっくんの心変わりが本当の事になってしまいそうで嫌だったんだ。
「お前に見栄なんか張ってどうするのさ。マジもマジ、大マジだ。幼稚園の時たっくんが大きくなったら俺の番にして欲しいって言ったんだ」
「幼稚園って…まだフェロモンなんか分からないだろう?まぁ…それはいいとして、そのたっくんは今どうしてるんだよ。番っちゃえば俺らには香らなくなるし―――どうせいつか番うならさっさと番っちゃえば?」
いちいち芦崎のいいように引っ掛かりを覚えるけど、俺だって迷惑かけてる自覚はあるからそのまま会話を続ける事にした。
「たっくん……神戸屋拓人くんっていうんだけど海外に行っちゃったんだ…」
「神戸屋――拓人???え?G組にいるじゃん…?」
「は?たっくんこの学校にいるの???」
「ああ、そういや朱緒には言った事なかったけど拓人のとことうちの親同士が仲良くて小さい頃から知ってるんだ。だから分かるんだけど、拓人が海外に行ったなんて事旅行でもなかったぞ?ついでに言うと小中もクラスは違ったけど同じ学校だった」
「うそ……」
芦崎がもたらしたたっくんの情報にしばらく放心状態になってしまった。
たっくんが海外に行くって言ったのは嘘だった…?
どういう事―――???
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