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ご機嫌を取るためではなくて、本当に羨ましそうに言うものだから、汐は思わずはにかんでしまう。
こんな日に出会って最悪とさえ思っていたが、蟠りが解けたようで今は晴れ晴れとした気分だ。
「ここら辺でバイトって言ってたけど、今日なんじゃないの? 時間は大丈夫?」
「うん……ちょっと遅刻かも。やばい」
「も、もう行きなよ。僕に構わないでいいから!」
石井は高いヒールをカツカツと鳴らして、走っていく。
汐のいる後ろをちょこちょこ気にしているようで、転ばないか心配になる。
道を曲がるまで見送った後、深見の待っている場所へ戻った。
格好いい深見が誰かに口説かれていないかと、内心ハラハラしていた。
けれど、集めているのは視線だけだった。
それにも深見への好意が孕んでいる気がして、汐は「誠吾さんっ」と呼びかけながら走り寄った。
「あっ!」
「危ない!」
歩道の段差を見過ごしていて、汐は前へ突っかかってしまった。
手のひらと膝が地面に着く前に、深見の胸へ抱き留められていた。
「待ちくたびれてないから、ゆっくり来てくれ」
「ごめんなさい……」
素直に謝る汐の頭を一撫でし、深見は汐の手を取った。
ついさっき、石井の走る姿に「転ぶなよ」と念を飛ばしていただけに、汐を襲う恥ずかしさはとてつもない。
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