プロローグ

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「体調が悪いわけでもないんでしょ。早く連れ戻して。そもそも、スケジュールではとっくに撮影は終わっているのよ」 「ですからぁ……先程も申し上げました通り。汐ちゃんはエンジンかかるのに、時間がかかる子でして。まだ五歳ですし、もう少し多目に見て差し上げましょうよ」 小さな隙間から、状況の詳細を窺い知ることは出来ない。 感情的な言葉に、男性スタッフは腰のあたりまで薄くなった頭を何度も下げていた。 「もう十分優しくしているわ。……別の子役ならよかったのに」 ちく、と針を飲み込んだみたいに胃の底がちくちくと痛んだ。 世間での天使 汐の認知度と好感度はどれも高い。 あらゆる会社……玩具メーカーや製菓メーカー、ブライダル関連の広告塔に、汐は引っ張りだこだった。 スキャンダルの心配がないタレントは、企業も扱いやすいのだろう。 一つ仕事を引き受ける度に、また一つ、と累乗するように増えていった。 あやすような柔らかな指示に応えるのは、得意だった。 ──やっぱりこの表情を出来るのは汐ちゃんだけなんだよなぁ。 ──汐ちゃんは天才ねぇ。 ──汐ちゃんのおかげで……。 頑張った分だけ称賛と実績が積み上げられる。それがたまらなく幸福だった。
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