プロローグ

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こわい。くらい。くるしい。 言葉の刃に切り刻まれる感覚を、この時初めて知った。 叫ぼうにも口をはくはくと開くだけで、何も出て来ない。 小さな汐の爪は夢中で掻きむしったせいで、ほとんど逆方向へと剥がれて折れてしまっている。 「……い。しっかりしろ。戻ってこい!」 ──え、だれ……おとうさん? 手を引かれて水中から戻ってくるような感触。 酸素が回らなくなり、真っ暗だった視界が中心から徐々に白い光を取り戻していく。 沈んでいく自分を必死に呼んでいる。 記憶の中に残る大好きだった人を思いながら、汐は小さな手を伸ばした。 ぷはっ、と大きく口を開けると同時に、新鮮な空気が久しぶりに身体の中へ入ってくる。 いまだにぼやけている視界では、輪郭を正確に掴めない。 「ゆっくりでいい。大きく呼吸をして……そう。上手だ。Good boy(いい子だ)」 「……ん。はっ……」 ──いい子? 汐、いい子なの? 思い浮かべた言葉は、口に出来ていただろうか。 聞き慣れない、意味すら分からない異国の言葉が、酷く聞き心地がよくて、汐の気持ちを落ち着かせた。 じんじんと痛む指先に泣きたくなったけれど、またあの言葉が欲しくて、汐はぐっと堪えた。 「……驚いたな。こんなに小さなSubに会ったのは初めてだ」 「そんな、名前じゃない。しお……天使 汐っていうの」 男の目がはっと見開かれる。 そのとき汐は初めて、自分の身体を抱いている男の顔を見上げた。
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