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汐を驚愕の表情で見下ろしている男は随分と若い……お父さんよりも、ずっと。
街中で赤の他人を自分の両親と間違えてしまったような気恥ずかしさが襲ってきて、汐は口をもごもごとさせた。
「あ……ぐらぐら、揺れてる」
男の背後で雑に積み上げられた大道具が不安定に、前と後ろに交互に振れている。
──あれが落ちてきたら、汐達。ぺしゃんこになっちゃうよ。
「とにかく、ここから出るぞ」
しっかり掴まっているように、と男ははっきりとした言葉で汐に告げる。
汐は血で濡れた指先で、スーツの襟を握った。「痛い」と思わず漏らすと、「少しだから頑張れ」の言葉の後に、またあの胸をとろかせるような、ふわふわ不思議な気持ちになる音が届く。
子供の汐一人だったら容易に通り抜けられた隙間は、大人の身体では困難だった。
道をつくるために資材を退かしていくうちに、ぐらぐらはますます大きくなった。
──がらがら。がっしゃん。どん、どん、どん……。
耳の奥でいろんな音が破裂した。女性の甲高い叫び声や、男性の指示があちこちで飛んでいる。
お芝居みたいだ、と汐は大きな身体の下敷きになりながら、ぼんやり思った。
「ねえ、苦しいよ。おにいさん……汐、潰れちゃう」
振り絞るように出した小さな声は、周囲の轟音と肉声でかき消される。
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