プロローグ

6/9
前へ
/203ページ
次へ
「しお……汐っ! いたら返事をして! おねがい、お願いよ……っ」 「あ、おかあさ……」 一方的に母親の声が届くだけで、胸を圧迫されている汐は返事が出来ない。 青年が咄嗟に汐を抱き寄せたおかげで、ぺしゃんこにならずに無傷だった。 「私が……汐をしっかり見ていなかったから! 汐までいなくなったら、私……。あの人に何て言えばいいか分からない!」 「紗那(さな)さん、汐くんはきっと大丈夫だよ。事故の音を怖がって、どこかに隠れているのかもしれない。汐くんはかくれんぼが得意だからね。だから大丈夫」 ──おかあさん、泣いてる……。 走っていきたい。抱き締められたい。 焦る気持ちとは裏腹に、汐の身体は不自由で指一本すらまともに動かせない。 「おい、人がいるぞ! 男と……小さな子供だ!」 悲鳴とともに、紗那はその場で泣き崩れた。 助け出された汐はしっかりとした腕に抱きかかえられ、救護用の白い担架に乗せられた。 「汐おぉ……。ごめんね。お母さん、ちゃんと汐のこと気にかけてあげればっ。汐……汐っ。お母さんを一人にしないで」 「おか……さん。ごめん、ごめんなさい。しお、もういなくなったりしないから」 指切りのために小指を立てると、紗那は悲痛そうな顔をさらに歪ませた。
/203ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1253人が本棚に入れています
本棚に追加