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僕が案内された場所に着いた時、そこには誰の姿もなかった。
暗い森に立ち並ぶ木々。長い影だけが地面に伸び、物寂しい雰囲気を醸し出している……先生はおろか、狼人間の気配すらない。
「本当にここ? 」
「そう、だけど……どこ行っちゃったんだろ……」
普段のアンジュなら、僕にドッキリでも仕掛けてもおかしくない。
しかしこの反応を見るに、先生に何かあったことは事実なのだろう。既に解決したのか、それとも僕達が来るのが遅かったか……
「アンジュ、僕から離れないで。少し辺りを探してみて、いなかったら宿に戻ろう。先生も戻っていて、途中ですれ違ったかもしれないからね」
「……分かった」
アンジュの不安そうな顔は変わらない。
無理もない。夜の森で狼人間に襲われて、先生を置き去りにきてしまったのだ。心配するなと伝えても、すぐには飲み込めないだろう。
ふと足元を見ると、木の葉にちらちらと赤黒いものが付いているのが見えた。既に固まりかけていて、鉄のような香り……先生の血の匂いだ。
「見て。これ」
その方向を指差し、アンジュの肩を叩く。
「先生の血だ。この辺に落ちている」
「先生の血⁉︎ 」
アンジュは目を見開き、食い入るように血を見つめる。
「大丈夫。先生が戦う時、これくらいの出血で済むならいい方だよ。偶に腕が一本落ちてることもあるけど、それでも先生はケロっとしているし」
戦っていたのは出血で済む相手。だったら先生は無事だ。
血は点々と宿の方向に続いているから、きっともう帰り始めたのだろう。これを辿って行けば、まだ先生に追いつけるかもしれない。
「さぁ行こうアンジュ……って、なんで腕を掴んでくるのさ」
「え、えっと、その……なんか胸がざわざわしちゃって」
おっと。これは僕が初めて優位を取れる状況かもしれないぞ。
いつもアンジュと先生に振り回されてばかりだから、偶には僕がリードしてあげないと。僕がただの弱っちい奴じゃないことをアピールするチャンスだ。
「仕方ないなぁ。ほら、帰るまでだよ」
「うん、ごめん……」
この時の僕は、二つのことに気づいていなかった。
一つはアンジュの騒めきの理由は、狼人間に襲われたことでも、先生の安否でもなかったということ。
そしてもう一つは、先生が「僕にも分かるくらい血をはっきり残した」こと。敵に後をつけられるかもしれないのに、どうして宿に続く血痕を残したのか……僕がその意図に気が付くのは、大分後のことだった。
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