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「で、一匹しか獲れなかったと」
山の向こうに太陽が沈むころ、先生は全身草まみれになって帰ってきた。
最初は事件にでも巻き込まれたのかと思ったけれど、服や顔が多少汚れている程度で傷はなかった。先生も穏やかな表情だし、心配は必要なさそうだ。
「人数分は捕まえようと思ったんですけど、ライカが役に立たなくて……」
「悪かったね。慣れてなくて」
アンジュに出来たなら僕にも。そう思って川に入ったのが間違いだった。
切り身か調理済みしか知らない僕にとって、自らの意思で動く魚を捕まえるのは相当な困難だった。掴めば滑って落とす。追いかければ逃げられる。あたふたしているうちに、ものの数分で魚は皆どこかに行ってしまった。
「まぁいいさ。折角だから頂こう。アンジュ、三つに切り分けてくれ」
「先生はどこがいいですか? 」
「私は右端でいいよ。アンジュは左端、ライカ君は真ん中」
ちょっと。僕が真ん中は申し訳ないですよ。
そう言おうと思った時、目の前に映ったのは三枚おろしにされた魚。
「ほら。君の分だ」
「あんたが一番何もしてないんだから、それで我慢しなさいよ」
渡されたのは綺麗に切り抜かれた背骨。中落ちもすっかり取られている。
「背骨って食べる場所なんですか」
「私の家族はいつも食べていたぞ。硬いし刺さると痛いけど」
「骨くらい齧れるでしょ。さ、あたし達も食べましょうか」
宿の夕食が付いていて幸いだった。
野宿でもするんだったら、僕は数日骨だけで暮らすことになりそうだから。
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