【1】出先と森

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「それで先生。ご友人とは会えましたか? 」  宿の夕食は、魚の骨の何倍も美味だった。  茹でた山菜を口に入れると、仄かな苦味と草の香りが鼻をくすぐった。  旨みが舌に染み、噛み締めるとほろりと崩れていく。取れたての野草がここまで美味いものだとは知らなかった。街では冷凍保存された、遠方から輸送される野菜しか食べたことがなかったから。 「あぁ。皆元気そうでよかった……久しぶりだったから、顔ぶれも少し変わっていたけれどね」  それは顔つきの間違いではないだろうか。 「君達はどうだ。危険な野獣にやられたかい」 「やられたらここにいませんよ」 「なんだつまらないな。熊に襲われたアンジュを君が助けて『ああんライカカッコいぃ。好き好きぃ」とかなれば面白かったのに」  そんなことあるものか。  いや。アンジュが襲われたら助けるのは当然だけど、彼女がそんなことを言うとは到底思えない。ほら、今だって「うわっ」みたいな目で僕を見てるし。 「先生、アンジュは僕より強いんですが」 「それは肉体的にだろ。銃を使えば君の方が強い筈だ」  そうなのだろうか。  流石に普通の人に銃を向けたことはないし、今後もしたくはないけれど。ゴム弾でも使って勝負したら、意外と僕もアンジュに勝てるかもしれない。 「それにしてもいい夜だね。ひとっ走りしたくなるな」 「あ、分かります‼︎ 静かな夜っていいですよね。街はいつも煩くって」  盛り上がる女性二人。僕は蚊帳の外。 「どうだ。一緒にひとっ走りしないかい」 「はい! ライカ、留守番よろしく‼︎ 」  僕には効きもせず、最初から留守番前提かい。  普通なら「女性が夜道を歩くのは危ないですよ」とか言えるが、今回は相手が相手だ。僕一人よりも、彼女達二人の方が圧倒的に逞しい。  再び開いた窓から飛び出す先生と、それを追うアンジュ。一方僕は普通の人間なので、夜ともなれば自然と眠くなる。 「……寝るか」  僕に出来ることは、大人しく眠るくらいだろう。
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