1. 砂漠の令嬢と旅する犬

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 アマカは部屋に立ち込める薬品や漢方の臭いにたじろぎながらも、肘掛け椅子に座って頬杖を付いている女を見る。  湿っぽさを感じる長い黒髪、その隙間から見える切れ長の目。そこにはめ込まれた青い瞳はサファイアを連想させる鮮やかさだ。年齢は三十歳を迎えて数年といったところだが、頬や目元に疲労感が溜まっているようなので、おそらく実年齢はもっと低いのだろう。ドレスから出ている手足は枯れ枝を思わせるくらいに頼りない。そのような四肢でありながら、姿勢と態度は気品を漂わせているのが不思議であった。  魔女というよりは疲労が溜まった中間管理職のようだ、とは心の中に留めておきながら、アマカは自身の事情を話し始めた。  時には沈んだような、時には飛び跳ねるような声色でたどたどしく言葉を並べていった。時間はあっという間に過ぎ、砂の大地は紺碧の闇の下に沈められた。 「……するとアンタは元は人間で、誰かの呪いで獣の姿になったってこと?」 「はい。誰の仕業か、なぜそうしたのか……というところはわからないのですが」 「恨みがあってかけることもあるし、実験のために見ず知らずの他人でも災禍を振りかける。呪術者はそういう生き物だからね。きっと、アンタはただ不運なだけだったのよ」  女はアマカを定めるような表情で聞き入っていた。 「家族も私が私だと気付いてくれませんでした。それであてもなく彷徨っていたら、貴方の話を聞きました。広大な砂漠に住み、呪いを解く術を知る方がいると」 「それで私の下に来たというわけね」 「はい!」  女には話の終着点がすでに見えていた。 「確かに私はここで呪術の研究をしているし、アンタの呪いについても心当たりくらいはあるかもしれない」 「じゃあ……!」 「だけど私は助けない。これでも忙しいの。アンタに構っている時間なんてない」 「……なら、待たせてください。貴方のお時間をいただけるまで、私は待ち続けます!」 「待つだけ無駄だと思うけど」  しかしアマカは女を見上げ、その視線を決して逸らさなかった。 「……私の邪魔をしないなら好きにしなさい。でもね、少しでも気に障ったらもっと酷い呪いをかけるんだから」 「……はい」  なんて、なんてデリカシーのない人なのだろう。押しかけた身であるので面と向かって不満は言わなかったが、それにしても意地の悪い言い回しだ。この人に期待して本当に大丈夫なのだろうか。  アマカは聞こえないようにくうん、と弱く泣いた。
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