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犯人取り逃がし
ここ大阪は関西一の都市、天下の台所と言われた名残は食い倒れとして残り美味いもんなら日本一の大阪。
笑いの本場とも言われ吉本新喜劇や劇場も多くあり日本一笑いが絶えない街、大阪。
そして治安の悪さ、犯罪遭遇率も日本一をほこる街大阪。
そんな大阪の犯罪を『増やさないため』に務めるチームが大阪城のお膝元の大阪府警本部にあったりなかったり…。
「移動ですか?」
出勤早々所属する組織対策課で辞令を言い渡されるのは中童子都巡査部長。
急な移動辞令によって中童子よりも先輩の井手が文句を言って課長の佐久間に詰め寄っている。
「なんで都ちゃんなのよ、腕っぷしでいいなら他にもいるじゃんな。」
「上が決めた事なんだからしょうがないだろ、それに若くて動けるのって言われたらしい。」
「それなら森田がいるじゃないすか。」
「それならって森田は37だぞ、一番若いのが都ちゃんなんだからワガママ言うな。急な事ですまんけどここ行ってくれ。」
「分かりました。大丈夫ですよ井手さん、皆さんと離れるのは寂しいけど私ちゃんと次の所でもやって行けます。」
「都ちゃん…。」
キリッとする中童子の姿に涙腺が緩む井手だった、それはいつの間にか集まってきた組対課の強面の面々も同じで中童子の移動を悲しんでいた。
「それでは皆さん、行ってきます!」
デスクの荷物を手早にまとめ寂しげにする組対課の皆には元気良く挨拶した中童子もちょっと寂しげで、静かになった組織対策課はすっかりお通夜モードだった。
「それで都ちゃんの次の場所どこなんだよ?」
「そりゃ…。」
涙ぐむ井手の問いに口籠る佐久間、不審な目で見る井手にそっと佐久間が耳打ちすると井出が怒り出した。
「はぁ!OICてあのインチキチームか?!ふざけんな、おい!都ちゃん帰ってこい!」
「馬鹿!声デカい、おいちょっとこいつ抑えろ。」
騒ぐ井出を必死に止める佐久間、井出の声は中童子に届くことはなかった。
中童子も移動先はよく分かっていなかったが警察官として、務める気持ちは変わらなかった。
まとめた荷物の箱を持って中童子がやってきた入り口には『OIC』と大きく書いてあった。
「よしっ。」と少し強張った面持ちで扉を開けて中に入る、すると数名がそれぞれデスクに座って仕事をしている様だった。
「今日からOICに配属になりました中童子都です、宜しくお願いします。」
「あー、茶々の変わりか。座長ー、新人さん。」
手前にいた切れ長目の女性が奥に声をかけてくれると制服をきた人が出てきた。
「おおー、組対からの。早速来てくれたんか、助かるわー。ここの課長です。」
「へぇー、組対にも女の子いるんや。」
課長と挨拶した人の後ろからももう一人イケメンの男性が出てきて興味津津と中童子を見ていた。
「座長名前何にするん?茶々の次やから淀?」
「淀だと地名多いから使えないやろ。」
「いや俺は女の子来るって聞いた時からもう決めてん。」
荷物も抱えたままの中童子を置いてけぼりに話しを進める3人。そんな中課長が自分の引き出しから大丈夫そうに1枚の紙を持って来て皆の前に広げた。
「じゃーん、ねね!」
「まぁ殿の相棒だもんね。」
「それだけやない、京都出身な上に名前も都ちゃんで正にねねで由来ピッタリやん。」
「京都出身なんや。」
「あっ…はい伏見の方です。」
「でもねねって事はゆくゆく結婚しちゃうんじゃない?」
「そん時はそん時でええやん。」
相変わらず置いてけぼりの中童子が困っていると部屋の奥の物置が開いて、中から一人の中年男性が出てきた。
物置から出てきた事にびっくりしている中童子を誘導する課長は、物置から出てきた人に自己紹介をした。
「殿、今日から来たねねちゃんね。」
「中童子都です、宜しくお願いします。」
「長い名前やな、ねねでええんやろ?」
「そうやな、もう朝から忙しいなー。ここの席使ってな。」
鳴った電話を取りに行った課長に言われるがまま使ってと言われた席に荷物を置く。
その隣の席で少し不機嫌そうにテレビをつけた人は「殿」と呼ばれた人で、タバコの匂いがふわりとしてくる人だった。
イマイチ掴めないOICの空気に戸惑っている中童子だったが、課長の言葉で部屋の空気がピリッとした。
「おい、出動要請。一課からや。」
「どこっすか?」
「おぉ!それやそれ!」
情報番組でライブ中継されていたテレビ画面を指差す課長、そこでは警察官が犯人を取り押さえてパトカーに乗せている所だった。
「1人取り逃がしたんやと、緊急やからすぐ頼むわ。」
早口で簡潔に話した課長の指示を聞いてその場にいたメンバーの3人は席を立った。
戸惑っている中童子に「おい行くぞ。」と殿と言われた人が声をかけた。
慌てて上着を持って3人の後を追っていく中童子、それと入れ替わりでまた別の男がOICに入ってきた。
「遅い!何しとったんタコ。一課から要請や、早よ準備せい。」
「遅いって、なんの要請っすか?」
「説明するから早よ御堂筋の南本町あたりの防犯カメラに繋げや。」
「そんなん言うやったらパソコンの電源ぐらい付けといてくださいよ。」
地下の駐車場についた中童子達は車に乗り込む所だった。セダン車に乗ろうとしている中童子に切れ長目の女性が「あんたはあっち。」と指差す、その方向には年季の入ったお世辞にも綺麗とは言えない軽自動車があって運転席には殿が乗り込む所だった。
戸惑っている中童子を置いて若いイケメンと切れ長目の女性が乗ったセダンは発進していった、仕方なく年季の入った軽自動車の助手席に乗り込む中童子。
車を発進させて早々にタバコを取り出して火をつける殿、置いてあるボトル型の灰皿は蓋が閉まりきらずに少しタバコが漏れている。
刑事とは思えないその行動に思わず中童子が顔をしかめていると、軽自動車には不釣り合いな無線が鳴った。
『皆聞いとるかー? 犯人は日野礼衣28歳、身長170の細身、出身・現住所は加古川、こっちの土地勘はなさそうやな。
南本町のコンビニ前で片腕にワッパ掛けたんやけどそのまま逃走、淀屋橋方面に逃げて淡路町辺りの路地で見失ったそうや。御堂筋と本町通りには府警、堺筋には所轄が張ってて目撃情報ないからまだそこらの路地でウロチョロしとるやろ、皆頼んだぞー。』
犯人の特徴が課長から伝えられてきた、その後にもう一人男の人の声がして犯人の今の情報が伝えられた。
『犯人が…道修町通りの住友製薬の前を通ったんが、5分前…そっからアパホテルの北浜駅前を御堂筋方面に通ったんが今さっき!』
『それより犯人の顔写真早よ送ってこーい。』
無線を通して先程のイケメンと思われる人の声も聞こえて来た、しばらくすると皆のスマホが震えて画像が送られてきた。
中童子はそれを開くと防犯カメラからの映像を切り取った犯人の写真だった。写真を確認している中童子の横で無線を取った殿は皆に指示を出す。
「了解、さくらは土佐堀通り張ってろ、川越えたら厄介や。初は栴檀木橋辺りからチャリで淡路町方面に向かって探せ。ねねは紀伊国屋からチャリで土佐堀通りに向かって探させる。俺は歩きで路地入る。」
「えっ、チャリって言われても。」
「お前チャリンコ乗れへんのか?」
「乗れますけど、どこから借りてくるんです?」
「そこに乗ってるやろ?」
無線を切った殿に中童子が聞くとムスッとした感じで答えて後ろの座席を指差した。
そこには雑誌や毛布など散らかった中に折りたたみの自転車が置いてあった。
そうこうしている間に目的地に付いて殿は路肩に車を止めた。
車を降りる殿を追って折りた中童子はとりあえず後ろの自転車をおろした。
「お前はこっから向こうに向かって頼むで。」
「分かりました。」
「お前それで行くんか?」
指示された通りに自転車に跨った中童子だったが殿が止めた、殿の聞いてくる意味が分からずに中童子は困っていた。
すると殿のは後部座席を漁ってクシャクシャになったパーカーを取り出した。
「そのコート脱いでこっち着ろ、そうすりゃまだ自然や。」
「これですか?」
明らかに数カ月は外に出てないパーカーを渡されて思わず顔に出てしまった中童子、それを見ても淡々と話しをする殿。
「そんな汚ないから大丈夫や。」
「そもそも自然ってなんですか?」
「俺らは大阪府民にバレへん様に動かなアカンのや、堂々と『警察でっせー。』って行くわけにはいかんちゅう訳や。ねね無線は?」
「無線はまだもらってないです。」
「なら俺の使え、俺はカツオの方とスマホ繋いで状況分かるようにするから。」
渡されたパーカーを渋々着た中童子に自分の着けていたイヤホンと無線を渡す殿。準備が整うと「それじゃ頼んだで。」とまたタバコに火を付けて通りを行ってしまった。
状況はまだしっかり分かりきれてないが先程殿が無線で指示していた様に中童子は自転車に乗って細い路地に入って行った。
しばらく路地裏をあちこち走っていた中童子だったが犯人は見つからない、無線からもこれと言った情報もなくとりあえず土佐堀通りに出ようとした時通りの向こうから女性の声が聞こえた。
「だっ、誰かーーー!捕まえてーー!」
反射的に自転車を漕いで声の方に向かうとあたふたしているおばちゃんと、その向こうに必死の形相で走っていく若い男がいる。
「おばちゃんどうした?!」
「あの男!ひったくり!私のカバン!」
おばちゃんが必死に状況を伝えると中童子はそのひったくりの男を追いかけた。
よく見たらその男の片方の腕には手錠が見えた。ひったくり犯は逃亡している強盗犯だったのだ、それを察した中童子は逃がすまいと力強くペダルを漕ぐ。
幸い中童子は自転車なので走って逃げる犯人に追いつくのはすぐ、その上このまま道なりに行けば栴檀木橋に向かうから切れ長目のお姉さんもいると中童子は頭で考えながら追いかけていた。
そんな時今橋の開けた所に殿とイケメンの男性が話しているのが見えた、これなら大丈夫と思った中童子は二人に向かって叫んだ。
「殿ー!そいつです!」
通った中童子の声に向いた2人は向かって走って来る男を見てすぐに察した。
「初。」
「はい。」
言われたイケメンの男性は犯人の前に立ちふさがると犯人も間合いを取って足を止めた、だが後ろからは中童子が迫ってきていた。
女性の方が勝ち目があると思った犯人は中童子の方に向かって逃げる事を選んだ、それを見た中童子は自転車を乗り捨ててその勢いのまま犯人に向かって豪快な飛び蹴りを食らわした。
「っぅ、」と小さく唸った犯人は吹っ飛び地面を転がっていった。相当効いた様で地面でうずくまっている。
その光景に笑ったイケメンの男性はうずくまる犯人の手錠をもう片方の腕にして犯人を起こした。
「逃げたりするからそうなるんよ、さくらには連絡してくれました?」
「おう、すぐこっちくると。ねねはここの後処理、ってあいつどこ行った?」
「ひったくられたカバン持って向こう戻ってきましたよ。じゃ、俺とさくらは戻りますからねー。」
「ったく、どこ行きやがった。いやホンマ何もないっすよ、そこでおばちゃんのバッグひったくった奴捕まえただけで。騒いですんません。」
タイミングよく来た車に向かって犯人を連れて行くイケメンの男性はそそくさと行ってしまい残された殿は、大事には出来ない為愛想振り撒いて周りの野次馬に説明するしかなかった。
「おばちゃーん。」
一方カバンを持っておばちゃんの所に戻ってきた中童子はひったくられたカバンをおばちゃんに返していた。
「はいこれ、盗られた物とかない?」
「いや!ありがとう、そんな大層なもん入ってる訳ちゃうんやけどな。あんたしっかりしとんなー!」
ひったくられたカバンが戻ってきて喜びながら中を確認するおばちゃん、取り戻した中童子も嬉しそうにしている。
そんなほっこりした所に小走りでゼエゼエしながらやってきたのは殿。
「おい!勝手に動くなアホッ。あーしんどっ。」
「あらお父ちゃん?こんな可愛い子なのにちゃんとしとって。あんたええお嬢さん育てたな。」
「いや俺の娘ちゃうし。ほれ帰んぞ。」
「はい、おばちゃん気ぃつけてな。」
「あんがとねー。」
殿に無理やり連れてかれる中童子は上機嫌なおばちゃんに手を振って送られた。
それでも消化しきれない仕事のモヤモヤが募り殿に聞きたかった中童子だが勝手に動かれて不機嫌な殿はひたすらタバコをふかしているばかりで聞けずに帰ってきた。
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