27 君の物語を、俺は綴ろう

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 夕風はそう答えるゲイリーの黒髪をも揺らす。渦巻く風の中、彼は複雑な思いでガラスドームの残骸に視線を投げる。しかし、ニーアとの思い出全てが籠もった書架は、すでにそこに無く、そして彼女はそのなかで、自ら永い生を閉じた。彼は目を軽く瞑り、亜麻色の髪の少女の面影をそっと、脳裏に浮かべる。 「死にたがりのサンダース、この後、君はどうする?」 「その言い方は止めろ。俺はもう死にたがりじゃない」  ゲイリーは瞼を閉じたまま、静かにリェムの質問に答える。 「俺はニーアの物語を綴ることにするよ。誰に信じられようと、信じられなくとも良い、ただ、宇宙の果てで、四百年を孤独に生きた少女がいたと、そのことは記録に遺しておきたいんだ」 「……そうか、軍としては、それは勧められんが、私個人としては何も言えんな。聞かなかったことにしておこう」 「随分、物わかりがいいんだな」  異星の風の中に佇むリェムは、そのゲイリーの言葉に、無言でいる。  ゲイリーは瞼を開け、そんなリェムの顔を伺うべく視線を投げた。しかし、彼の表情からは、なにも読み取ることができない。 「……リェム少佐、なぜニーアを書架に戻すことを許した? こうなることも、あんたにゃ、想像がついていたんだろう?」  ノヴァ・ゼナリャの夕日が、対峙するふたりの男の影を照らす。  ……だが結局、リェムは、そのゲイリーの問いかけにも無言を貫いた。かわりに彼は静かに踵を返すと、停泊中の軍艦の方向へと、ゆっくりと歩き去っていく。
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