27 君の物語を、俺は綴ろう

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 ゲイリーは暫く、リェムの後ろ姿に目をやっていたが、ふと、足元の焼け跡の中に、なにかの書籍の破片を見いだし、そっと屈んでそれを拾い上げた。その焼け焦げた紙片には、見覚えがあった。 「『桜の園』……」  改めてゲイリーの胸中に、ニーアの澄んだ声が、活字を拾う紫色の眼差しが鮮やかに蘇る。ゲイリーは、誰にも聞こえぬよう微かな声で、その物語の一文を口にする。 「“ああ、わたしのいとしい、なつかしい、美しい庭! ……わたしの生活、わたしの青春、わたしの幸福、さようなら! ……さようなら!”……か」  そう呟きながら、彼は改めて思うのだ。  ……ニーア、君はやっと解放されたんだな。それに、おめでとう、と言って良いのだろうか、俺は悩むが……。  だが、その彼の問いに答える者は、もういない。  やがて、ゲイリーは手にした紙片をそっと宙に手放した。それはたちまち風に乗り、ノヴァ・ゼナリャの緑の森の上空に、はためきながら姿を消していく。  その様子を見届けると、ゲイリーは、もはや振り向くこともなく、リェムの後を追って、離陸の時間を前に、エンジンを唸らす軍艦へと歩を進めたのであった。  了  ※“”内=『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著 神西清訳 新潮文庫 (新潮社)より引用
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