1 死にたがりの酔いどれ

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1 死にたがりの酔いどれ

 どうにも眠れぬ。  仄暗い宇宙船(シップ)の一室のなか、ゲイリーの指先は、習慣のようにベッドの枕元をまさぐる。さりとて、伸ばした手の先には何も無かった。  そこでゲイリーは今更のように気づく。  ……そうだ、もう、だいぶん前に、酒瓶は没収されていたのだった。  どのくらい前と言えば、この宇宙を辿る旅の遥か昔にだ。ゲイリーは酒を巡る数度にわたる諍いの後、アルコール依存症と診断され、即日、病院にぶちこまれた。それ以来、彼に酒類は御法度であった。  ……しかし、彼は酒を飲むことをやめられなかったのだ。症状が多少治まり外泊を許された日、彼は早々に、街の酒屋に立ち寄り、ウイスキーとスコッチの小瓶数本を購入した。そして、自室のアパートメントに戻るや否や、それを飲み干したのだった。久々の酒が喉を潤し、なんともいえない陽気な気分になるのは、いけないことと分かっていても心地よかった。彼は自分の心が欲するままに、酒を飲み、その結果、翌日様子を見に来たケースワーカーに、泥酔して部屋の床に転がっているところを発見されたのだ。  そしてまた病院に戻されたゲイリーは、暫くの治療の後、軽快して外泊を許されれば、また同じ事を繰り返し、やらかした。  ……その結果としての今だ。ゲイリーは自嘲するように、薄い笑いを口に浮かべる。彼が陥った境遇は、遠い星のサナトリウムでの療養、という、いわば体の良い、社会からの追放であった。そして今、その星に向かう途中に彼はいる。
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