6 芳醇な甘いワインの香り、苦い過去

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6 芳醇な甘いワインの香り、苦い過去

「まったく、あの機械人形め……」  ゲイリーは、いまだズキズキと痛む、ニーアに蹴られた腹をさすりながら古酒を飲んだくれていた。ニーアに教えて貰った薄暗い地下室のなかである。  そこには雑然と真空パックの飲料や食物が、床に転がっている。そのなかのワインと思われる液体を、ゲイリーはおそるおそる開封し喉に流し込んでみたが、その状態はことのほかよかった。味はやや苦みこそ目立つものの、それは上質な貴腐ワインのように滋味に富んでおり、酒に飢えたゲイリーの喉を潤すのに十二分な代物であった。  ゲイリーはそれまでの鬱屈、ことにガラスドームの中で喰らった、自らの狼藉への反撃の恥辱を晴らすかのように、次々とワインのパックを探し出しては、喉に流し込んだ。漸くあの忌々しい頭痛は消え失せ、手の震えも止まり、ゲイリーは存分に、久しぶりの美酒が授ける恍惚のなかに浸る。理性など吹き飛んでしまえ、と彼は思いながら酒を口に含み続けた。  だが、ふと手元のパックの刻印を見れば、そこにはたしかに400年以上前の日付が刻まれている。そのたびに彼は意識を朦朧とさせつつも、ガラスドームのなか、そびえ立つ無数の本棚の元で聞いたニーアの話が、偽りでないことを思い知らされるのであった。
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