6 芳醇な甘いワインの香り、苦い過去

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「元人間のアンドロイドか……ニーアとやらは。そして、「偉大なる開拓者(グレート・パイオニア)号」の乗員の最後の生き残り、とはな」  ゲイリーは酒を啜る手をふと止め、薄闇のなかで呆けたように独りごちる。自分の発したその声、そしてその言葉の中身も、ずいぶん白々しく己の耳に木霊する。なにかが歪んだ夢の中にいる気分だ。だが、サナトリウム行きの船に乗せられ、地球を出立し、船が故障し、この星に辿り着き……。  ……そしていま、400年以上の時を生きるアンドロイドの少女と、俺はいる。 「……これは現実だ」  ゲイリーは弱々しく呟いた。いくら酒を流し込んでも完全に飛び去らない、理性の欠片が、彼に現状を認識するよう強いてくる。それがなんとも煩わしく、ゲイリーは不意に、飲みかけのワインの入ったパックを壁に向けて投げつけた。べしゃっ、と音がして、ワインの飛沫がゲイリーの無精髭だらけの頬にかかる。地下室中にアルコールの匂いが広がり、彼の鼻腔をもくすぐる。  彼は、地下室の床に両手をだらしなく広げ、ばたり、とその身を転がせた。暗い天井が彼の視界を占める。それは、彼が十何年と親しんできた、眩しい宇宙の暗闇でなく、ただ暗く沈む薄闇でしかない。ゲイリーには、それがなんとも虚しかった。  彼は弱々しく呟いた。 「あの事件さえなければ……俺は今も、ご機嫌に宇宙を飛びつつけていたんだ……」
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