6 芳醇な甘いワインの香り、苦い過去

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 ……唐突に、ゲイリーの耳の奥で、あの時の、取調官たちの厳しい声が木霊する。 「ゲイリー・サンダース。トランクの中から見つかった白い粉は、分析の結果、合成麻薬と正式に判明した」 「それと、先日採取した君の尿からも、同じ成分が認められたよ」  ……それは、瞼の裏に浮かぶ、自分が航海士として乗船していた船の中の小部屋で告げられた、予想もしていなかった出来事の一部始終。 「俺はそんな粉をトランクに入れた覚えはない……! それに、麻薬なんぞ、吸ったこともない!」 「あきらめろ、サンダース。状況証拠から見て、お前が麻薬の運び屋を担っていたのは、言い逃れのない事実だ」 「ふざけんな! 俺は知らないと言っているだろう!」  だが、彼らはゲイリーの抗弁に聞く耳を持つはずもない。彼は激高して、机を蹴りとばした。すると、取調官のひとりからの鋭い殴打が、ゲイリーの胸を抉る。  椅子から床に転がり落ちたゲイリーの顔を、他の取調官が踏みつけながら問うた。 「ぐうっ……!」 「諦めの悪い奴だ。サンダース。それでも栄光ある航海士か?」 「麻薬密輸は重罪と知っているだろう。航海士の免許はこれで永久剥奪だな」  床に倒れたゲイリーに唾を吐きかけながら、取調官たちは嗤う。それから、彼は両手を捕まれた。  ……がちゃり、という音に手首を見てみれば、そこには冷たく光る手錠がかけられていた。 「しょうがねぇ、男だよ。……俺は」  ゲイリーはワインの匂いでむせかえる地下室に転がり、そのことを思い出しつつ、自嘲する。ゲイリーは思う。いったい、あの時と今と、どちらが惨めで、滑稽なのか。  ……判断しようがねえや。  暫くの後、地下室の仄暗い空間に、彼の乾いた虚ろな笑い声が響いた。
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