7 四百年来の孤独な作業

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7 四百年来の孤独な作業

 ガラスドーム内の、人工的に制御された空調が、ふわりと彼女の長い髪を揺らす。同じく調節の効いた温度と湿度は、少しひんやりとしながらも、やさしく彼女のなめらかな肌を包み、それがなんともニーアには心地よい。  ニーアは椅子に深く腰掛け、無数の本棚のうちのひとつから取り出した書籍を手にする。その紙の本は、もうだいぶんと痛みが進んでいたが、ニーアの目にかかれば、まだ文字ははっきりと読み取ることができる。  彼女はそおっ、と頁をめくり、差し込んでおいた栞を探す。  ……この本の電子化も、もうすぐで終わりだ。  栞の挟まった頁に目を通しながら、ニーアは思う。これまで一体、何冊の本を電子化してきたのだろう。彼女の頭の中にあるデータを捜索(サーチ)すれば、その冊数は直ちに易々とはじき出すことができるが、彼女は、その朝、その作業をする気にはならなかった。  ……数えたところで、何になるだろう。天文学的な数字であることは間違いないだろうけど、それを反芻したところで、ニーアの胸に込み上がるのは、なんとも言えぬ虚しさでしか無かったからだ。その数字が表すのは、すなわち、彼女がひとりで、ここで黙々と仕事をしてきた長い長い年月を示すものに他ならず、それは、ニーアの心に改めて、癒やすことのできぬ孤独を刻みこむのだ。  ニーアは大きく息を吐いた。考えても仕方の無いことを考えるのは、やめよう。それに、状況は変わりつつあるのだから。なにしろ、いまや、私はひとりではない。
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