1 死にたがりの酔いどれ

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 そんなことを、些か朦朧とした頭で思い出していたときだ。  がくん、と唐突に身体が、いや、宇宙船ごと、揺れた。その不自然な揺れに、ゲイリーの長年の船乗りとしての感覚が呼び起こされる。この揺れは……船のどこかが致命的に故障(クラッシュ)し、航行不能になる寸前の振動だ。それを裏付けるように、船内に非常事態を告げるサイレンが響き渡る。次いで、ゲイリーの船室のモニターに、焦る船員の顔が映し出された。 「ゲイリー・サンダース、緊急事態だ。船内で火災が発生した。今から部屋のドアのロックを解除する、すぐ放送の先導に従って脱出艇に乗船してくれ」 「……俺はいい。総員退避のうえ、どうぞ、無事にこの船から脱出してくれ」 「馬鹿か、サンダース! 間もなくこの船は航行不能の状態に陥る。このまま残ったら、死ぬぞ!」 「構わんよ。……幸運を祈る(グッド・ラック)」  そう言うと、ゲイリーはモニターのスイッチを静かに切った。途端にモニターは物言わぬ黒い画面に戻る。サイレンはいまだ執拗に船内に響いていたが、ゲイリーはそれをも無視して、再びベッドに横たわった。扉の向こう側から、救助艇へと駆けてゆく人々の叫び声と、慌ただしい足音が聞こえる。それはゲイリーの耳には些か煩わしく、彼は思わず呟いた。 「……ちょっと五月蝿いな。俺は静かに死んでいきたいんだ」  もともと、療養の命を告げられたとき、自分はもうどうなってもいい、というのがゲイリーの正直な心情であった。もうこのまま、死んでもかまわぬ、と。だから、ゲイリーにとってはこのアクシデントは、自らの生を閉じるこれとないチャンスでしかなかった。ゲイリーは目を閉じた。やがて、どれほどの時間が経過したのか。なにかのエンジン音が遠ざかっていく。どうやら、彼を除いた船員と乗客は脱出艇に乗り込んで、この船から離脱したらしい。
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