15 焔のなかに消ゆ

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15 焔のなかに消ゆ

 午後の生ぬるい風がノヴァ・ゼナリャの森をざわめかせ、ゲイリーの黒髪を揺らす。生い茂る緑を抜けてニーアの元に帰り着けば、彼女はガラスドームの書架にて、またなにかの本を朗読している。ゲイリーは彼女に声を掛けることもなく、足早に居室に足を向けた。彼はニーアにどんな顔を向ければ良いのか、判断がつかなかったのだ。だがニーアは手にした本から視線を動かさぬまま、ゲイリーに声を掛けた。 「どうだった、森の様子は?」 「……特に君に言うようなことは何もなかったよ」  そう答えつつゲイリーは無表情を努めた、が、その表情を保つのには、彼は思った以上の緊張を要した。背中から汗が噴き出す。だが、ニーアは相も変わらずゲイリーには視線を向けぬままである。冗談交じりの口調で、こう質しはしたが。 「そういえば、最近、地下室にも行かないのね、ゲイリー? お酒にも飽きた?」  ニーアのその声にゲイリーは無言で通した。心を黒ずんだ風が吹き抜ける感覚がよぎる。その彼の様子に、ニーアは一瞬、その整った顔立ちを怪訝そうな表情に揺らした。そして、黙りこくったまま、ガラスドームから去りゆくゲイリーの後ろ姿を見つめる。ニーアは、なにか言いたそうに僅かに唇を動かしたが、結局それは声にならず、宙に霧散した。その代わりに、彼女は深いため息をひとつつくと、作業机の前に座したまま、物憂げに頬杖をついた。  空調の風がペらり、と、彼女の手元の本の頁を捲るのにも、気を留めず。
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