23 君の生存を喜ぶ暇もありゃしない

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23 君の生存を喜ぶ暇もありゃしない

 ボストン警察の事情聴取を済ませ、ニューヨークのアパートメントに帰ってからの数日、ゲイリーは久々に酒に溺れた。  彼は、何もかもを忘れたかった。親友、そして愛する妻の裏切り。結果としてゲイリーの麻薬密輸疑惑は晴れることになったが、いまの彼にはどうでもよいことであった。  彼は失意の中、ただただ、酒に救いを求めた。酒瓶を喉に傾けることで、ゲイリーは全ての記憶を失ってしまおうとした。やがて意識が混沌として、彼は自室の床に倒れ込む。がしゃん、と手にしていた酒瓶が派手に割れる音を、何処か遠くの世界の出来事のように聞きながら、やがて、ゲイリーは深い眠りに落ちた。  その意識の底で彼は夢を見る。  気が付けば、彼はあのノヴァ・ゼナリャの森のなかにひとり佇んでいた。  視線の先には巨大な書架が納められたガラスドームがあり、よく見れば、そのなかから彼に手を振る少女がいる。彼女は床まで届く亜麻色の髪を風に揺らしながら、彼に向かって微笑み、手を振り続ける。  ゲイリーが手を振り返すと、少女はさも嬉しげに紫の瞳をきらりと光らせた。  その表情がゲイリーにはなんとも眩しくて、思わず彼は瞼を瞬かせる。  だが、目を開けば、そこはノヴァ・ゼナリャではなく、ニーアの姿も勿論なく、視界には薄汚れたアパートメントの天井が広がるだけなのであった。
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