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お前、近いうちに遭難するぞ――とある同僚が俺に言った台詞だ。その同僚は言動がどうにも胡散臭く、少しばかり宗教めいたものや、スピリチュアル的な要素を持ち合わせていた人間だったので、現実至上主義の俺にとっては、まあわりと人生の中では関わりたくない人物ではあった。ただ、あの同僚の予言はあながち間違いではなかったのかもしれない――そう思わざるを得ない状況に、俺は追い詰められていた。いや、もう認めよう。あいつの予言は正しかった。俺は今、遭難している。この巨大テーマパークの中で。
美緒に、どうしても行きたい、とせがまれて半強制的に連れてこられた。俺自身はテーマパークや遊園地に好き好んで行くタイプではない。そもそも人混みは苦手だし、乗り物酔いも頻発するタイプだからだ。だから、夏休み真っ只中、この人がうじゃうじゃと行き交う混雑した場所に乗り込むのは、正直、かなり億劫だった。だがしょうがない。美緒の頼みならば聞かなければならない。それが父親である俺の使命なのだから。迷子になるなよ、はぐれるなよ、と、再三、美緒に言い聞かせて入場ゲートをくぐった。
そう固く誓ったはいいものの、俺はぽつねんと、広場の隅っこに突っ立っている。はぐれたのだ。どうしたらいいものか。スマホのバッテリーの調子が悪く、今は使えない。とんだ恥さらしの父親だ。迷子になったのは俺のほうだった。マップ片手に近所をウロウロするが、そもそも方向音痴だし、ここが今地図でいうどのあたりなのかすら把握できない。焦る。これは一体どうしたら――
――あ、いた! 聞き慣れた声に、反射的に振り返った。妻の美知が駆け寄ってくる。隣には美緒もいた。ポップコーンバスケットを片手に、もしゃもしゃと頬張りながら「パパ、見っけ!」とうきゃうきゃ笑っていた。大人げないが、家族の姿を捉えた瞬間、俺は心底ほっとした。少しばかり、泣きそうにさえなった。 情けない父親である。
むんずと俺の右腕をつかむ美知の手、そして左側には笑いながら俺を見上げる美緒の姿がある。俺は誓った。もう二度と、遭難なんてしないぞ――と。
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