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 1人の猟師が、人気のない山道の傍で座り込んでいた。  不覚だった。山中で猪に出くわし、不意を打たれて足を食いちぎられた。  手斧で反撃し追い払ったものの、痛みが激しく出血が止まらない。それでもどうにか山道までたどり着いた。  しかしそこは奥深な山の中。そう都合よく人が通りかかるわけもない。  誰かが通るのを待つうちに、猟師の意識は遠のいていく。 「大丈夫ですか」  と、場違いな少女の声が聞こえた。ついに幻聴までと、猟師が顔を上げる。  少女がいた。幻聴ではなかった。  ならば幻覚かと疑う猟師の前に、少女が跪く。 「ひどい傷。失礼します」  血で汚れるのも厭わず、少女が猟師の傷に手を触れる。  途端、傷が熱を持つ。  それは、しかしそれまでの焼けるような痛みではなく、沁み入るような優しい温かさで――  やがて、猟師が気付く。  足の痛みが消えている。血も止まっている。視界も意識も鮮明になる。  おそるおそる、猟師が立ち上がる。  少しふらついたものの、問題なく立つことができた。 「大丈夫ですか?」 「あ、ああ。ありがとう。だが、あんたはいったい?」  猟師の問いに、少女が答える。 「――わかりません」 「わからないって、どういうことだ?」 「それが、わからないんです。私が誰なのか、なぜここにいるのか、何も」  その少女は、優しく儚げな微笑みを浮かべた。  その姿はまるで、女神か天使のようだった。  その少女は、すべてが真白の不思議な瞳をしていた。  その瞳はまるで、色のない宝石のようだった。
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